「はいー、わかりました。怖くて電話なんか滅相もないってやつだな、尾崎さん」
「何だと?」
返事をしてゴニョゴニョ呟いた良太に、工藤が振り返った。
「いえいえ、別に~」
慌てて良太はごまかす。
結構低気圧だからここは触らぬ神になんとやらだ。
「工藤さん、コーヒー召し上がります?」
声をかけた鈴木さんにも、「今は結構です、上にいる」と工藤はまたたったかオフィスを出て上の社長室に行った。
「ほんとにコーヒー召し上がる暇もないくらいお忙しそうねぇ。パンプキンムースどころじゃないと思って聞かなかったけど」
ほうっと鈴木さんは心配そうに言った。
「ムースなんて聞くだけ無駄ですって、シャチョーが食うわけないし。まあ、年の瀬に近づいてるからしょーがないっしょ。俺も明日は出ずっぱりだし~」
せめて良太が工藤の運転手をしていられた頃はまだマシだったかもしれない。
「お休みもろくに取ってらっしゃらないでしょ。お身体のこともちょっとは考えてくださらないとね~」
鈴木さんが心配そうに呟いた。
全くだよな、いい年なんだから……
良太は窓の外の深く色づいた街路樹を見ながら頷いた。
どんよりと重い空のせいで四時を過ぎるともう暗くなりかけていた。
会社の駐車場に車を滑り込ませてドアを開けた途端、良太は湿気を含んだ冷気に思わず肩を竦ませる。
朝から降っている冷たい雨はまだやみそうになかった。
工藤が戻っているかもしれないと階段を使ってまずオフィスに戻ったが、ひとりパソコンに向かっていた鈴木さんが眼鏡を外してお帰りなさいと迎えてくれた。
「寒かったでしょう」
「あ、ただ今帰りました! うう、あったかい~」
鈴木さんが淹れてくれた熱いコーヒーを手にして、良太はほおっと一つ息を吐く。
「今日は静かねぇ、皆さんお忙しくて立ち寄る暇もないのね」
「でしょうね」
昨日もあれから工藤は出かけたし、どうやら今日は顔を合わせることもないらしい。
ちょっとだけがっかりしつつも、午後に電話でやりとりした時の工藤の声のトーンがいささか落ちていた気がして眉を寄せた。
そういや、昨日疲れた顔してたな。
怒鳴り声も少々迫力減?
コーヒーを一口すすりつつ、胸のうちで呟いた。
最近、いざという時は工藤も同行するものの東洋商事関連やミステリー作家の小林千雪関係の仕事はほぼ窓口を良太に移した格好で、お陰で仕事がぐんと増えた良太はぶーぶー文句を言っている。
だがその分また別の仕事を工藤は抱え込んでいるのだ。
「俺ももちょっと仕事できるようになんなきゃな」
「まあ、良太ちゃんは十分やってるでしょ。今日は暖かくして寝るのよ、風邪引かないように」
少しばかり大きすぎた良太の独り言を聞きつけて、鈴木さんが言った。
「はい、気をつけますぅ」
昔から自分に熱のあるのも気づかずに無茶をして遊ぶ子どもだった。
それは未だに変わっていないようだ。
突っ走って年に一度はひどい風邪を引く。
特に秋から冬にかけての冷たい雨の日は要注意だ。
でも、やっぱちょっとでも工藤の手助けしたいよな……
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