ほんの少し届かない30

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「かおりちゃんから、こないだ、肇とつき合うことになったから、良太のことよろしくって」
 沢村がしれっと答えた。
「はああ? 何だよ、俺のことよろしくってのは」
「沢村くんなら許してもいいって、お墨付きが出たぞ」
「だから、何だよ、それ~、お前何言ったんだよ、かおりちゃんに」
「まあまあ」
 焼酎を口にしながら沢村はニヤニヤ笑う。
「正月の特番、しっかり頼むぜ、お前次第で視聴率左右するんだからな」
 良太は眉を顰めつつ、念を押した。
「まかせとけって」
「佐々木ぃ、久しぶりじゃん。独立したって?」
 そこへガールフレンドと一緒にきていたロックヴォーカリストのキョウヤが一杯機嫌で焼酎を片手にやってきて、佐々木の隣に座ったので、良太はまた佐々木に沢村を紹介しそこねた。
「どうぞ、沢村くんからいただいた『酒盗人』です」
 やがて藤堂が皿と箸を携えてテーブルに置いた。
 マイセンに盛りつけられた『酒盗人』というのもあまり眼にすることはないだろう。
 『越の寒梅』も栓が抜かれ、キョウヤと話していた佐々木や直子も藤堂の方へ向かうのに続いて沢村も立ち上がった。
 場は一気にオヤジたちの酒盛りの様相を呈してくる。
 イブの夜は深夜に近づいて一層賑やかになった。
 藤堂がひとみの持ってきたヴィンテージ物のワインをそろそろ開けようかという頃、ドアフォンのランプが赤くなった。
「はい、須永さん? どうぞ」
 マネージャーの須永ともう一人くるからと、さっきひとみに言われていた藤堂は、愛想よくセキュリティを解除する。
 リビングの大時計があと数分で午前零時を告げようとしていた。
「わあ、雪」
 直子が窓の外を見て立ち上がった。
「ウソ、すごい」
「きれい」
 直子につられて歓声が上がる中、リビングいっぱいに広がる大きな窓から見える夜景にふわふわと雪が落ちていく。
 部屋の中が柔らかいキャンドルライトの明かりだけなので、雪の白さを際立たせている。
「工藤さんじゃないですか」
 ぼんやり雪に見とれていた良太は、えっと振り返る。
「もう一人なんて言うからどなたかと思いましたよ。ようこそ」
 藤堂に案内されて入っていたのは、須永と苦々しい顔を崩そうともしない工藤だった。
「工藤さん、お帰りなさい」
 良太は慌てて工藤のもとに駆け寄った。
 びっくりした。来るなんて思ってなかったし……
「…………でも、何で須永さんと?」
 良太の頭の中に?マークが飛び交う。
 だが、それよりもシャンパンを飲んだ上に、日本酒まで味見をさせられてちょっといい気分な良太は、工藤が来たのが嬉しい。
「よお、こっち座れよ、せっかくきたんだ」
 こちらもすっかりいい機嫌の下柳が工藤を手招きする。
「ヤギ……もうできあがってるのか」
「どうぞこちらへ」
 浩輔がコートを受け取って、ひとみたちの方へ工藤を案内する。
「ひとみさんからいただいたワイン、開けますね」
 藤堂はソムリエよろしく澱を舞い上がらせないように静かに栓を抜いてグラスに注ぐ。
「熟成されたいい香りだ」
 藤堂が言った。
「ほんと、美味しい」
 ひとみもご満悦だ。
「カビくさいんじゃねーの?」
 下柳が恐る恐る口をつける。
「ヤギちゃんに飲ませてもわかんないわね~」
「オールド・ブルゴーニュ、何だか懐かしいな~、いい色だ」
 藤堂がグラスを掲げて言った。
「懐かしいってどうして?」
 良太が聞くと、「若い頃、デュデさんのところに遊びに行ったことがあったんだ」と藤堂は答えた。

 


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