ほんの少し届かない31

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 グラスを前に、工藤はひとみの隣でそんな藤堂と良太のようすを面白くもなさそうに見やる。
「ちょっと、せっかくのクリスマスパーティにそんな仏頂面、やめてよね、高広」
 ひとみの辛らつな声が工藤の眉間にまた一つ皺を刻む。
「せっかくのイブにお前の声なんか聞けば、仏頂面もしたくなるさ」
「何よ、それ、誘ってあげたの感謝してほしいくらいよ」
「まあまあ、お二人とも。せっかくのクリスマス、楽しくいきましょう」
 藤堂は微笑みながら、すぐ横にいつもはただ大きなだけの家具と化しているピアノのふたをあけた。
 あまり普段は弾かれることのないスタンウェイだが、毎年調律はされているらしい。
 すぐに藤堂の指からジャズにアレンジした『ヒイラギ飾ろう』の旋律が流れ始めた。
「やだ、藤堂ちゃん、ピアノ弾けるの隠してたの?」
 直子や悦子が藤堂の傍に歩み寄る。
 良太がふと気が付くと沢村は最近人気上昇中の報道キャスター、岡田マリオンと窓辺にいた。
「何だよ、うまくやってんじゃん」
 良太は小さく呟いた。
 最近沢村と話す時、時折心ここにあらずのように思えたのは、沢村が三冠王を取ったもののチームの成績がふるわなかったことを気にしていたからだろうと思っていたが、彼女でもできればまた張り合いも違うだろう。
 肇とかおりに続いて沢村もラブラブか。
 ちぇ、また俺だけ置いてけぼりかよ。
「にしても、藤堂さんて、ほんと、侮れない人ですよね」
 二人から視線を戻し、良太は工藤に話しかけるが、工藤は相槌を打つでもなく、ワイングラスを口に運ぶ。
 全く。
 いきなり電話してくるから何事かと思えば。
 名古屋の工藤にひとみから電話が入ったのは、九時少し前、藤田会長と料亭から出てきて、東京へ戻ろうかと考えているところだった。
 ちょっと飲みすぎたからという藤田は迎えの車に乗り込んだ。
「ちょっと急用なの。今どこ?」
 名古屋だと答えると、早く戻れと言う。
 今ひとみの後ろでワインを飲んでいる須永が東京駅まで迎えに来ていて、何事だと尋ねる工藤を麻布まで送ってきたというわけだ。
 来てみたら、何てことはない、これだ。
 楽しそうに笑う良太を見て、工藤は苦笑いする。
 まあ――――――
 戻るつもりだったのだが。
 やがて、ピアノの弾き手は変わったようだ。
 弾き語りでホワイトクリスマスを歌い始めたのはキョウヤだ。
「良太、帰るぞ」
 工藤はぼんやりキョウヤの歌を聞いていた良太に耳打ちすると、良太は「あ、はい…」と慌てて後に続く。
 二人に気づいた藤堂がさりげなくクローゼットから二人のコートを持って玄関まで送ってきた。
「すみません、河崎はまだ戻らなくて、せっかくきていただいたのに」
「いや、突然邪魔をしたな」
「とんでもない、わざわざ足を運んでくださいましてありがとうございます」
 藤堂は丁寧に礼を言った。
「あ、良太ちゃん、これお土産」
 良太に差し出したのは綺麗にラッピングされたワインボトルだ。
「甲州ワインだよ。うちの兄貴の奥さんの実家がワイナリーなんだ。古酒もいいけど、若いのもフルーティで美味しいよ」
「わあ、ありがとうございます」
 良太はニコニコと受け取るが、工藤の顔を見て気が抜けて酔いが回ったらしく、ちょっとふわふわして足元がおぼつかない。

 


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