ほんの少し届かない4

back  next  top  Novels


 やることはいろいろあるのだが、まだまだ工藤の片腕というには程遠い。
 それが良太には歯がゆいばかりだ。
 工藤のために何でもやりたいという、ただそれだけのことなのだが。
 工藤と自分との関係をどう説明していいかわからないが、少なくとも良太としては散々文句を並べつつも、浮き名の絶えない鬼社長に身も心も捧げまくってます、なのだからどうしようもない。
 良太の心のベクトルは工藤へ一直線なのだ。
「おー、ナータン、ただいまぁ~」
 八時を過ぎた頃、良太はオフィスを閉め、コンビニで弁当を買って会社の七階にある自分の部屋に戻った。
 懐こい甘えん坊の猫は早速、会いたかった、とばかりに良太のズボンにスリスリ。
 ひょいと抱き上げるとナータンは良太の肩に止まって運ばれる。
 まず先にナータンのご飯を用意して、部屋着代わりのスウェットに着替えると、湯を沸かしてテレビをつける。
 比較的早く帰れた時のパターンだ。
 弁当とインスタントの味噌汁にお茶をテーブル替わりの炬燵の上に並べ、良太が食べ始めると、ナータンがすうっと膝の上に上がって落ち着いた。
 寒くなってきたしもうそろそろ炬燵掛けをかけて、炬燵をつけてもいいかな。
 何かあったときのためにと会社の電話を自分の電話に転送しているが、今夜は緊急の電話もないし、静かなものだ。
 と思っていたら、電話が鳴った。
「はい、青山プロダクション!………ああ、かあさん、どしたの?」
 慌てて受話器を取ると、相手は待ち人ではなく、熱海にいる母親の百合子からだった。
「ん、どうもしないけど、どうしてるかと思って。そろそろ風邪引く季節でしょう?」
「風邪引く季節って、俺だって気をつけてるよ。母さんたちこそ、気をつけてよ」
「だって、良太はいつも扁桃腺腫らして熱があるのに、野球行って、倒れて監督さんに運ばれて……」
「また、その話か、もう大人なんだし、そんなバカやんないって」
 そうは言いつつも、はたと会社に入って既に何度か倒れて病院に運び込まれていることを思い出した。
「こっちは平穏無事なんだけどね、こないだお父さんがちょっとぎっくり腰やって」
「えっ、大丈夫なのか? 親父」
 これまで病気一つしなかった父親だから、良太はちょっと驚く。
「ちょっと休んでのんびりさせてもらったけど、もうちゃんと仕事してるから」
「ほんとかよ。気をつけてよ、母さんも父さんも年を考えて無理しないでくれよ」
 あらためて、両親も年を取っていくのだと良太は実感する。
「あら、まだまだこれからよ。ふふ、大丈夫。それより良太こそ、ほんとに気をつけてね。ちゃんと食べてるの?」
「ああ、食べてるって」
「お正月はこっちこられそう?」
 どうやらそれが聞きたかったのだろう。
「ああ、ちゃんと休みもらって行くから。また電話するよ」
「そう? 待ってるわ。じゃ、おやすみ」
「おやすみ」
 久々の明るい母親の声に、何となくほっとして受話器を置いた。
「さてっと、風呂でもはいろっかな~」
 良太はナータンを撫でながら、話しかける。
 大抵はざっとシャワーを浴びて寝るだけだが、少し時間に余裕があるときは、バスタブに湯を張って入浴剤でも入れてゆっくりつかるのが、良太にとってはささやかな幸せなのである。


back  next  top  Novels

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村
いつもありがとうございます