夏が来る2

back  next  top  Novels


「大体、天文部だろ、井原センセ、こんなとこ来てていいのかよ」
「うちの部は優秀な奴ばっかだからいいんだって」
 井原は寛斗の突っかかりを軽くいなしながら、窓際に立つ響の傍までやってきた。
 息がかかるくらいな距離が、響にはまだどうにも慣れることができず、心臓の音が二割増しアップしてくるのを誤魔化すべく響はまた窓の外へと顔を向けた。
 この頃、なんだろう、人生の分岐点のようなものがあるのかと、ふと思うことがある。
 去年の秋から響の生活が一八〇度も変わった。
 ベルリンから郷里に戻り、母校の音楽講師になり、田村の教え子を引き継いで実家の離れでピアノを教えるようになり、そしてなんといってもこの春の、まさか二度と会うと思ってもいなかった井原渉との再会だ。
 前に寛斗にヤケクソ気味で口にした、響の十年物の初恋の相手が井原だった。
 それから響にとっては怒涛のような日々が流れ、今はなんとその井原と響は付き合っている、のだから人生何があるかわからない。
「午前中に行くんだよな」
 春、ゲリラ豪雨に見舞われた際、中古で買った車をアンダーパスで水没させてしまったので、井原がネットで見つけてくれた車を見に行くことになっていた。
「余裕! 追いコン、俺もキーボード持参するし」
「だから、井原センセ、音楽部じゃねえじゃん」
 井原の言葉に寛斗が横から文句を言う。
「瀬戸川から直々、ゲスト演奏の依頼を受けたからな」
 しれっと答える井原に寛斗はまたぞろムッとした顔をする。
 ちょうどその時、部長の瀬戸川と二年の志田詠美、榎沙織に続いて青山留美をはじめとする一年生五人がぞろぞろと教室に入ってきた。
「あ、井原先生、土曜日よろしくお願いします」
 井原を見つけた瀬戸川が笑顔で言った。
「こちらこそ。お誘いいただいて嬉しいよ」
 二人のやり取りを不貞腐れた顔で見ていた寛斗をチラリと見やった瀬戸川だが、「はい、では、今日は次期役員を選出、追い出しについてと、最後に今期活動を振り返ります」と集まった部員を前にキリリと姿勢を正す。
 幼い頃からチェロをやっていたという優等生の鏡のような瀬戸川は行動力のある人望も厚い部長だが、サッカー部とかけもちの寛斗を入れても片手で足りるほどしかいなかった弱小音楽部にこの春一年生を五人も獲得、GW前の県のコンクールでは三位に入るという快挙を成し遂げた。
 その瀬戸川を目標に地道に活動を続けてきたフルートとクラリネットが得意な榎が次期部長に選ばれた。
「次に追い出しについてですが、場所は三島医院がリビングを提供してくださることになりました。皆さん一人ひとりのこれまでの頑張りを発表していただくいい機会ともなります」
 瀬戸川の説明に一年生らはちょっとざわついたが、どの顔も楽しげなのを見て、腕組みをした響も自然と笑みを浮かべた。
「キョーちゃんも、うちのピアノでなんかかっこいいやつ、弾いてよ」
「なんだよ、かっこいいやつって」
 響は言い返したが、みんなが口々に、弾いてほしい、と言う。

 


back  next  top  Novels

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村
いつもありがとうございます