花のふる日は28

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 平造がお茶を持ってきてくれた頃、千雪はあと一息というところまで原稿を書き終えていた。
 あとはタブレットに打ち込むだけだと、テーブルの上の時計をみると午後十時になろうとしていた。
 ドアに鍵をかけていたので、ドア口まで行ってお茶のトレーを受け取った。
「あとは何か必要なものはありますか?」
「いえ、おおきに、お茶いただきます」
「窓にもちゃんと鍵をかけてください。何やら、東京の方ではぶっそうな事件が起きているみたいで、事件とは関係ないですが、ここいらも結構大きな屋敷がありますから、警察にも警戒しておいてくれといわれてますんで」
「はあ、わかりました」
 東京で起きているぶっそうな事件というのも気になったが、何より原稿を仕上げてしまわないことにはと、温かいミルクティを飲みながら、大きく息をついた。
 明け方三時頃には原稿を送り、疲れきった千雪はベッドにもぐりこんだ。
 だが、朝の八時過ぎには救急車の音で千雪は目を覚ました。
 辺りが静かなせいか、やけにサイレンの音が大きく聞こえた。
 平造の話していた東京で起きたぶっそうな事件というのが、頭の中で妙に気にかかっていた。
 そのせいでもう眠ることができず、シャワーを浴びてから、千雪はネットを検索してみたが、あちこちに事件の情報があった。
 一昨日の夜午後十一時頃、一人の男が殺された。
 バットで何度も殴られて撲殺されたという事件だった。
 ここまでなら凶暴な事件ではあるが、今までにも類似した事件はあったかもしれない。
 だが、この事件には奇妙なおまけがあった。
 男の死体が横たわっていたのは新宿のビルとビルの間の細い通路だが、凶器のバットは死体の傍に転がり、そのビルの壁に『名探偵登場! 天誅!』の文字がプリントアウトされた紙が貼られていたというのだ。
「何やね、これは………」
 千雪は眉を顰めながら、文字を追った。
 この事件には目撃証言があり、ぼさぼさ髪に黒渕の眼鏡、グレイのスウェットの上下、スニーカーといういでたちの男が、殺人現場から走り去ったというのである。
 証言は会社帰りのサラリーマン二人だったが、彼らだけなら酔っ払いの証言ということで、信憑性を疑われたかもしれないが、さらに現場から数十メートルのところでも、足早に通り過ぎる男を見たというカップルがいたのだ。
 カップルは、男について、ぼさぼさ髪に黒渕の眼鏡、冴えないジャージのオヤジ、と証言した。
 千雪は嫌な気分を払拭できないまま、『またしても、名探偵登場! 天誅! 殺人事件』というタイトルの記事をクリックした。
 昨夜、二件の殺人事件が立て続けに起きた。
 被害者の一人は世田谷の開業医で、昨夜の夜十一時頃、医院の院長室で頚動脈を鋭い刃物で切られて出血死、次に死亡時刻はそれから約三十分から一時間以内と見られているが、世田谷西署の所轄刑事がやはり同じように殺された。
 問題は、張り紙はなかったものの、今度は大手新聞社関連の人気SNSに「名探偵登場! 天誅!」というタイトルで、暗に事件の犯人であることをほのめかす書き込みがあり、時間や場所など犯人でなければわからない内容になっているという。
 サイトは既に閉じられていて、見ることはできなかった。
「嫌な感じやな……」
 千雪は呟いた。

 


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