まさか三時を過ぎるとは思っていなかった。
朝からきっぱりとした晴天になり、良太はちょっと浮かれていたかもしれない。
鈴木さんには、時間によってはそのまま成田に向かうと言い置いて、良太はNBCへと車を走らせた。
十一時から例の創設六十周年記念番組であるドラマ「田園」の打ち合わせとなっていた。
局のプロデューサー井本と橋上、脚本家の坂口、監督の溝田、それに良太の五人である。
以前ドラマで、最初の打ち合わせから脚本家と監督の喧々囂々のせいで、撮影が遅々として進まず、散々な目に合ったことをふと思い出して、よもや今度はそんなことはないよな、と良太は嫌な予感を抑えた。
喧々囂々というわけではなかったが、坂口と溝田は旧知の仲のようで、しばらくはドラマの内容のあちこちについてああでもないこうでもないと言いあっていた。
局のプロデューサーもちょこちょこ意見を出してくるし、良太もつい熱くなって自分の意見を口にした。
だが、一時間を過ぎた頃からだろうか、坂口と溝田がヒートアップしはじめ、昼を過ぎても熱のこもった討論は続き、井本や橋上、それに良太も圧倒されたように次第に口数が少なくなっていった。
当初の予定では二時間をめどに終了ということだったのが、一時を過ぎ、二時を過ぎ、そして三時を過ぎたところで、井本が別の番組の打ち合わせが入っているので、と口を挟まなければ、まだ延々と二人の討論は続いていたかもしれない。
時間を見ながらやきもきしていた良太は、ようやくお開きになると、「良太ちゃん、これからちょっと飲みがてら食事でもどう?」と声をかけてきた坂口に別件が入っていてまた今度、と鄭重にお断りして駐車場へと走った。
ロックを解除して運転席に座った時だった、携帯が鳴った。
見ると軽井沢の平造からである。
「あ、平造さん? 何かありました?」
だが、聞こえてきた声は平造ではなくもっと若い男の声だった。
「えっと、広瀬さんですよね? 急にすみません、俺、カンパネッラの吉川です」
カンパネッラは軽井沢に行くと時間があれば一度は訪れるイタリアンレストランで、吉川はそこのオーナーシェフだ。
平造とは気が合うようで、たまに吉川も工藤の別荘に立ち寄って、二人で料理の話などをしていることがある。
しかしどうして平造の携帯で吉川が連絡をしてきたのだろう。
「あの、平造さん、何かあったんですか?」
良太の中で不安が募る。
「いや、それが実はちょうど通りかかった時、平さん薪割りしてたんだけど、いきなりぎっくり腰で倒れちゃって」
「え?! ぎっくり腰? それで平造さんは?」
「ちょっと動けない感じで入院ってことになっちゃったんで、平さん、連絡しないでいいって言ったんだけど、一応」
よもや何か病気で倒れたりしたのではと思った良太だが、ぎっくり腰と聞いて少し胸を撫でおろした。
「お忙しいところありがとうございました。これから俺、向かいますから」
「あ、じゃあ、今日定休日なんで、こっちに来られるまで、俺、ついてます。別荘の方は、ちゃんと戸締りしときましたから」
「すみません、何から何まで、よろしくお願いします」
電話を切ると、良太はしばし、どうしよう、と頭を巡らせた。
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