幻月50

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「でもな、俺も、留守の間会社を守らなけりゃっては思ってたんだけど、皆が動いてくれているのに、自分が動けないのがもどかしくてさ、実は、直ちゃんに何か言う資格はないんだどさ。ってより、俺、何もできなかったからな」
 そんなことを話しているうちに、先ほどの建物に着いて、良太は谷川の車の後ろにレンジローバーを停めた。
 交代に休みを取っているうちにサイレンの音が聞こえてきて、警視庁捜査一課の渋谷と年配の刑事が現れた。
 渋谷は千雪とは長い付き合いでもあり、実際、工藤を何が何でも起訴しようとしている連中とは一応一線を画して、他の可能性も探っていた組ではあったのだが、千雪から真犯人を捕まえたという連絡を受けた際もまさかと思い、慎重に実際確認をしてからと思ってやってきたのだ。
 だが、そこには二人の男が縛られて屈強な男たちに取り囲まれ、千雪から松下美帆を殺害した真犯人は田口紀佳で、その手口を説明されて唖然とした。
 一緒に来たのは年配の刑事部長で渋谷と同様慎重派の一人であり、刑事としては一見穏やかに見える男だった。
「これ、赤いドレス、血がべっとり。田口が脱いだこれをここの裏山に木戸が埋めてたやつ。調べたら田口につながる証拠になるんやないですか? 足がつくんやないかて焦ってさっき木戸が掘り返したとこ、捕まえときました。ついでに死体も埋まってるみたいですよ、そこに。おそらく行方不明になってたクラブ『ベア』のホステスさんで伊庭さとみいう女性や思いますけど」
 男たちに痛めつけられて腑抜けのようになっていた木戸も出水も、渋谷に手錠をかけられて、まず木戸がパトカーに連れていかれた。
「橋本さん、裏を確認してから、応援呼びます」
「ああ、頼む」
 渋谷は早速、辻らに案内させて裏山へ登って行った。
「みんな小林さんのお仲間ですか?」
 出水についてそこに残った橋本は、穏やかな口調で尋ねた。
「そうです」
 初対面で穏やかそうな橋本に対しては、今のところ千雪もいきなり毒舌で攻めるような真似はしなかった。
「それから………」
 千雪は直子を見た。
 直子は頷いて、「あの、あたし、『ベア』にいたんですけど、この人とさっきの男にここまで連れてこられたんです」と自ら話した。
「それでみんなが助けに来てくれたんです」
 それを聞くと、橋本は直子を凝視して、「大丈夫ですか? 乱暴なことされなかったですか?」と聞き返した。
「ええ、車に連れ込まれたのに気づいてすぐ、皆が追いかけて来てくれたので」
 携帯のGPSがどうのとかは大幅に端折り、直子は神妙に話した。
 すると、橋本はうーん、と頭を掻いた。
「相手がどんな凶悪なやつかわかりませんからね、これからは自分たちで追いかけようとか思わずに警察に連絡してください」
 額面通りの注意をした橋本だが、周りに並ぶ屈強な男たちを見回して、「まあ、腕に自信があるようですがね、皆さん、相手が危険な武器を持っていることもありますし」と言った。


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