新年まであと数日を残すだけとなった年の瀬だが、ここオフィスササキではこの仕事を終えなければ年が越せないと、佐々木は画面を睨みつけながら黙々と最終修正を続けていた。
「ウッソだろ!?」
しばらくして静けさを破って焦りまくった佐々木の声に、直子はキーボードを打つ手を止めた。
「どうしたの? 佐々木ちゃん」
佐々木は大きな溜息をまず返した。
「たった今、ようやく上げたデータ、保存するの忘れた………」
普段の佐々木ならあり得ないミスだ。
「自動保存も数分前や、あかん」
ぬるま湯じゃないと生きていけない、という佐々木であるが、仕事は別だ、グラフィックや3D関連のソフトを使った厄介なデータの扱いなどには万全の注意を払っている。
ただし、いつもの佐々木なら、である。
「お茶いれるね、すごく美味しいダージリン、昨日買ってきたんだ」
直子は慈愛の目を佐々木に向けると、キッチンに立った。
沢村のことも何も聞こうとはしないし、そんな直子のさりげない気遣いに、佐々木は自分が一段と情けなくなる。
「……極まれりやな……」
データの修正をまた一から始めて、何とか順調にキーボードを叩いていた時、藤堂から電話が入った。
「はい……え、そう……ですか」
翌日、着物ショーの衣装合わせとリハーサルに、やはり佐々木も顔を出して欲しいという。
「河崎のやつの関係で、浩輔がそっちに行けるかどうかわからないんだ。もちろん、間に合えば行かせるが……」
電話の向こうで藤堂が言いにくそうに告げる。
姑息に逃げを打とうとしたのだが、世の中そんなに甘くはないということか。
「わかりました。それではよろしくお願いします」
「佐々木ちゃん、また何かあったの?」
電話を切ると、佐々木ががっくりしているのがわかったのか、直子がすかさず聞いてきた。
「いや、明日の朝、やっぱ、スタジオ行かなあかんみたいや。それは仕方ないが、弱ったな、これ、今夜までかかるで……」
「え、今夜って、お母さんにつきあって第九の日でしょ?」
「それやね、ドタキャンするとあとが怖い……こんなことになるんやないかて思て、叔母にも打診したんやけどな、昨日からヨーロッパやて。しゃあない、演奏終わったら戻ってくるか…」
ふううと情けなさ極まれりの長い溜息が漏れる。
「あたしが行ってあげようか?」
覚悟を決めてパソコンに向かおうとした佐々木に、直子が提案した。
「え、ほんま? ナオちゃん、クラシックなんて聞くん? ハードロックやなかった?」
「せめて、ヘビメタと言って。大丈夫よ、ヘビメタも原点はバッハとかなんだから」
「……そうなん? ナオちゃんにはここんとこ助けてもらってばっかやな。今度、ナオちゃん好きなもの奢るし」
「うん、約束!」
その笑顔を見ると、佐々木は自分が歯がゆくて、直子に申し訳なく思うそばから、早朝のリハーサルで顔を合わせなくてはならないだろう沢村のことがまた頭をもたげてくる。
仕事なんやからな。きっぱりケジメつけないと。
気合を入れなおし、佐々木はデータに取り掛かった。
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