「志央、ピアノ習ってただろ? ガキん頃。美央と一緒に。お前、ナイト気取りで習いもしないのにピアノ教室までくっついて行ってたろうが」
「え………? そういや……」
高校の行事で、たまたまピアノの話になったときだったか、子供の頃ピアノの発表会で、全然練習もしていなかった自分の番がくるのが嫌で、捕まえてきた蛙を放したら鍵盤の上に乗っかって大騒ぎになったと志央が言ったら、ピアノを邪魔されたのは自分だと勝浩が話していたのを、幸也は唐突に思い出した。
「待てよ、あれって小学三年くらいの時だから……俺はてっきり、勝浩は中学の時にこっちに越してきたと思っていたが、じゃあ、もっと昔から俺ら知り合いだったってことか?」
頭の中で記憶を辿りながら、幸也が言った。
「何、言ってんだよ、お前らだろ? ちっこいガキの頃の勝っちゃんの帽子隠したり、通せんぼして遅刻させようとしたり」
「な………んだって………???」
子供の頃のこととはいえ、幸也は己の罪の深さにしばし呆然と宙を見つめた。
「お前、まさか忘れてたのか?」
「るせえな、イジめた相手の顔なんか、いちいち覚えちゃいねんだよ。第一何でお前がそんなこと」
「そりゃ、一緒に行動すること多いし、お前のガキの頃の話とかの流れで。やっぱ、お前になんか勝っちゃんはやれねぇ」
「るせぇ、るせぇ! 考えてもみろ、つまり俺らはそんな頃から運命的な出会いをしてるってこった」
猛烈に頭をフル回転させて、幼い頃の記憶にたどりつくと、おぼろげに低学年の特に可愛い生徒をなんだかだといじめていたシーンが蘇る。
かなり可愛い男の子だったという認識はあるのだが、顔は思い出せない。
ましてやそれを勝浩につなげようとしても、非常に無理がある。
ただ、そういわれてみれば、大きな目に涙をためてこっちを睨んでいたのが可愛くて、ついエスカレートしていじめた記憶なら、あった。
「あれって………勝浩……?」
隣で二杯目に手をつけながら武人が大仰に首を横に振る。
「のび太がジャイアンなんか好きになるかよ、普通。ったくあの『勝気なプリティボーイ』ときた日には」
「それ、なんでお前が知ってる?」
また武人の言葉が引っかかって、幸也は聞き返す。
「『勝気なプリティボーイ』? って、新聞部の西本がつけた勝っちゃんのキャッチコピーだろ? なかなか的を得てるじゃない」
フン、と面白くない幸也は吸いかけの煙草を灰皿でもみ消すと、残りの酒を飲み干した。
いや、知らないんだ。
俺の方が―――――。
勝浩のことなのに、知らないことだらけだ。
いや、見ているはずなのにわかってなかったのだ。
ピアノ教室に志央と一緒に何度か行ったことは覚えている。
だが、先生の顔なんて覚えちゃいない。
それが、勝浩の母親だったなんて。
もうずっと志央しか見ていなかった。
勝浩を勝浩として認めたのは、いつだったろう。
あれは確か、ディズニーランドで出くわした時だ。
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