ユウが検見崎を急かしたので、検見崎はもう何も言わず、ユウと一緒に外に飛び出した。
しんと静まり返った部屋のベッドで眠る勝浩の、すうすうという寝息が幸也の耳にも聞こえてきた。
「無防備に可愛い顔して寝てるんじゃないよ」
勝浩の頬を指でちょんとつつき、幸也はボソッと呟く。
ジーパンのベルトとボタンをはずしてやると、勝浩は、うん、と寝返りをうった。
すると勝浩を見つめていた幸也は立ち上がって窓を開ける。
煙草をくわえてみたものの、火をつけようとしてやめると、しばしライターをもてあそぶ。
空に浮かぶ月は満月だ。
「やばいねぇ、こういうのは。狼に変身しちまいそう」
背を向ける幸也の独り言も知らぬげに、月は鈍く輝いている。
夜の闇に隠れた思いまでも、明るみにさらそうとするかのように。
勝浩の長谷川幸也に対する思いには実はなかなか根が深いものがあった。
といっても、今思えばたあいのない子供同士の日常に過ぎないのだが、小学生の勝浩には、人生を左右するかのようないじめに思えたのだ。
勝浩は一緒に暮らしていた祖父母に厳しく躾けられた。勝浩を産んだ母は、物心つく前に他界したので、顔も覚えていない。
祖父母も勝浩が小学校に上がる頃、相次いで他界し、仕事で忙しい父がいない時は、当時ピアノの先生だった今の母裕子が、勝浩にとっては心のよりどころだった。
裕子は夫を事故で亡くし、三歳の彰を抱えながら自宅でピアノ教室を開いていた。
裕子の家はちょうど勝浩の家の三軒隣で、それが縁で裕子と勝浩の父義勝が結婚することになったのだ。
裕子がお母さんになる、可愛い弟もできる、勝浩は心を躍らせた。
初めてのピアノの発表会で、裕子にほめてもらいたくて、勝浩は一生懸命練習した。
それをぶち壊してくれたのが、幸也と、当時裕子にピアノを習っていた城島志央という二人のいじめっ子である。
勝浩がピアノに向かっているところへカエルを放り込んだのは次に演奏するはずだった志央だ。
場内は大騒ぎになり、演奏を中断せざるを得なくなった勝浩は非常に悔しい思いをした。
父親の転勤で関西に越すまで、勝浩は家からすぐ近くにある陵雲学園に幼稚園から通っていた。
幸也と志央二人とも一つ上の二年生で、当時から評判の悪ガキだった。
特に、学園理事長の孫である志央は、見かけは女の子なんかより数段きれいなくせに、とんでもないジャイアンだった。
あの頃から志央は勝浩にとっては目の上のたんこぶだったのだ。
登下校の途中でこの二人に待ち伏せされ、帽子や靴を取られて隠されたり、背中に張り紙をされたり、ランドセルの中にアオムシを入れられたりと、数えあげればきりがない。
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