と、また工藤限定着メロが鳴りだした。
「言い忘れたが、明日、斎藤さんがそっちに行ってみるらしい」
「えっ、それ………」
既に電話は切れていた。
全く、あのオッサンは!
不意に工藤がニューヨークに発つ朝が脳裏に舞い戻る。
良太はHIDAKAとの打ち合わせがあるため、工藤はタクシーで向かうと言っていたが、行ってらっしゃいの挨拶くらいはしないとと、早めに身支度を整えてオフィスに降りていこうと思っていた。
おそらく帰ってきたのは夜中だったのだろう、チケットや身の回りの物を揃えた渡航グッ用カートは隣の部屋に置いてあるので、高輪に帰ったとしても一度は隣の部屋に立ち寄るだろうと思いつつドアを開けた。
エレベーターホールでボタンを押したところで、隣の部屋のドアが開いて工藤が出てきたのが見えた。
「おはようございます。ひょっとして夕べ寝てないとか?」
雰囲気からシャワーを浴びただけではないかと良太は見た。
「機内で寝ればいい」
工藤はカートを引きながら良太と一緒にエレベーターに乗った。
「今からHIDAKAか?」
「はい、ちょっとオフィスに寄ってから…気を……」
工藤は気を付けてと言おうとした良太の顎をぐいと上向かせると、いきなり良太の唇を塞いだ。
エレベーターが二階で停まってドアが開くまで工藤はエロいキスで良太を翻弄し、良太が降りるとしれっとドアを閉めて階下に降りて行った。
オフィスのドアの前からエントランスに横付けされたタクシーに工藤が乗り込むのが見えた。
「ったく、あのオヤジと来た日には!!!」
頭が沸騰しそうになった良太は、工藤への怨み言を繰り返すとエンジンをかけた。
翌日も早朝からロケは続いた。
昨日撮影できなかった二村の出演するカットから始まり、二村も何とか撮影をこなし、今日こそは無事に終了するかに思われた。
斎藤さんが来るってこと知ってて、頑張っているってとこだろうか。
良太は思ったものの、二村がそんな殊勝なはずがないという考えが頭の隅にあった。
また牧や或いは他の俳優に対して何か企てないとも限らないと、良太は二村を中心に気を配っていた。
何か、が起きたのは昼休みのことだった。
良太はその日、京都では名の知れた仕出し屋の見た目も鮮やかな紅葉弁当を用意した。
熱いお茶と一緒に、スタッフと手分けして皆に配って歩く。
牧は数カットだが、まだ出番があり、しかし学習したらしく二村から離れたところに同じ事務所の俳優と一緒にいた。
それは良太も確認していたが、ただもしかしてと思う奈々や檜山が二村から何らかの迷惑を被ったりしなければいいのだがと懸念していた。
どうやらそんなことを考えながら周りを見回していたので、自然と眉を顰めていたのだろう。
「お前、ついに目つきまで工藤に似てきたんじゃないのか?」
斜め後ろ上方から知った声が降ってきて、良太は振り仰ぐ。
「似てきてたまるかよ! お前、何やってんだ? こんなとこで」
「会社に電話したらこの辺りでロケやってるって鈴木さんが」
ダークスーツにサングラスで腕組みをしているガタイが只者ではない男は、そんなことを口にする。
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