残月62

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 ただし、鈴木さんの都合もあるわけで、いざとなればプロのシッターに頼めばいいことなのだが、会社の上にある部屋で、工藤が狙われた事件も過去にあったことなどを考えると、おいそれと知らない他人をいれるのははばかられた。
 まあその時はまた、何らかの方法を考えるしかないだろう。
 バスタブに湯を張って風呂につかり、窓の外を見上げると、月はそろそろ満月に近いようだ。
 よく晴れた空にぽっかり浮かぶ月を眺めながら、良太は工藤の声を聞けたことで少しだけ色んな焦りから解放されたような気がしていた。

 
 

 翌日から覚せい剤所持で逮捕された水波関連でも良太は否応なくあちこち動かねばならなかった。
 水波清太郎が主演で既に撮影も終了しているドラマはスポンサー関連の記念番組のため放映をやめるわけにいかず、急遽今後の方針を決める会議に関係者が招集されたのだが、テレビ局、スポンサー、制作会社、その他関連業者などの利害関係がもつれにもつれ、アスカが出演しているために会議に出席していた良太はいい加減ウンザリしていた。
 結局、水波のカットだけとはいえ、ほぼ三分の二を撮り直すことになった。
 さらに、代役を誰にするかでまた揉めに揉めた。
 とにかくクリーンで、実力があり、人気もそこそこの中堅どころの俳優三名に絞って、スケジュールと照らし合わせてオファーすることになった。
 第一候補が「からくれないに」でも老弁護士とともに主演を張っている大澤流だ。
 決まったらプロデューサーから連絡するということで会議は終了したが、主演俳優が決まったら今度は俳優陣との打ち合わせとなる。
 良太は大澤流ならそれこそアスカとは何度も共演しているし、気心が知れているというか、何でもモノを言い合える相手ということでもいいのではないかと思う。
 ただし、さすがにここ二クール連ドラに出演しており、かなりスケジュールはタイトのようで、どうなるかはまだわからない。
 撮り直しが決まっているCMの方も、ドラマと連動しているので、こちらも大澤にオファーが行く可能性は大だ。
 良太は撮り直しCMプロジェクトのクリエイターである佐々木にも連絡をいれたが、佐々木も今までにない忙しさのようで、プラグインの藤堂とともに近々ニューヨークに行くことになっているらしい。
「え、水波関連で他にもCM撮り直し、あるんですか?」
「古巣のジャストエージェンシー経由で紹介された電映社の案件なんやけど、アホな担当が押したのが水波やったらしい」
「うわあ………」
「ほんで、スポンサーと電映社が大急ぎで探したのが、ほら、良太ちゃんがやってたドラマ『田園』、あれに出てた子、チョコレートのCMでも人気急上昇中いう……」
「もしか、本谷和正ですか?」
「あ、そうそう、その子に決まったらしい」
「本谷くん、引っ張りだこですねぇ。彼、礼儀正しくて仕事やるたびによくなってる感じだし、いいんじゃないですか?」
 ここでも本谷か。
 いやほんと、ひとみさんの言い草じゃないが、大化けする感じだな、本谷。
 何か、負けてらんないな、俺も。

 


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