プロローグ
クリスマスはいつものようにボンの町にも訪れようとしていた。
通りは眩いばかりのイリュミネーションでライトアップされ、ローストされたサーモン、マルドワイン、香りにそそられる焼き菓子、数々の工芸品や芸術品をはじめ、あらゆるギフトが訪れる人々を喜ばせている。
ボンのクリスマスマーケットは大都市と比べれば規模は小さいがこじんまりとじっくり楽しめる。
ただ、ここのところパリやロンドンではテロリストによる爆破事件が続いていたし、昨年はベルリンでもクリスマスマーケットに車が突っ込んで死傷者が出るという事件が起きている。
せめてこの日くらい心静かに過ごしたいものだと誰もが思っているはずだが、宗教的な大イベントだからこそターゲットにされてしまうのだ。
マーケットを楽しむ人々の活気が溢れる通りを、リッターは見開かれた目以外は無表情に一人歩いていた。
この男にとっては、クリスマスも祈りももはや今、何の意味もないものになってしまっていた。
もう何十歳と年を取ったような気がしていた。
彼の目にも耳にも、巷の賑わいすら入ってこなかった。
虚ろな頭を振り振り、彼は郊外にある小さな庭のある自宅のドアを開けた。
去年は色とりどりのオーナメントが飾られたツリーが出迎えてくれたリビングはがらんと殺風景なだけで、何もする気が起きなかった。
妻は死んだ、射殺されたのだ、それはもう先週のことになる。
妻のために、彼は研究所を裏切った、ひたすら妻の無事を祈っていた。
殺してやる!
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