リッターは拳を握りしめた。
ネオ・ナチスを名乗る連中は、彼の妻を人質に取り、彼がプロジェクトに関係していたESA(欧州宇宙機関)から航空宇宙研究所の極秘機密を盗み出させた。
受け渡し場所に指定された公園のダストボックスの中に、彼は機密プログラムの入ったチップを入れた。
有能な物理学者であるリッターは、研究所の次期所長に推薦されていたが、妻のためなら次期研究所長の椅子も投げ出すことなどいとわなかった。
しかし妻は帰って来なかった。
翌日になって、公園で射殺死体で発見されたのだ。
警察から妻の死を知らされた時は、頭の中が空白になった。
彼は警察に出頭し、一部始終を話した。
研究所は大騒ぎになり、取り敢えず彼に対して謹慎という処置を取った。
リッターは窓から僅かばかりの庭に目を移した。
しかしそこには、うっすらと雪が積もったそぞろ寒い樹々が見えるだけで、ちょっと難しい顔をしながら、バラの世話をしている妻の姿はもうなかった。
それはもう永遠に見ることのない姿となった。
ネオ・ナチスだと? ウジ虫どもめが! 殺してやる!
その時、ドアがノックされた。
「Dr.リッター?いらっしゃる?」
聞いたことのある声だった。
「マルガレーテ…何か用かね?」
ドアの外に立っていたのは、同僚の物理学者、マルガレーテ・ルンゲだった。
研究所に入って一年程になる。
年若い女性科学者が入ったというので、研究所の男たちは喜んだ。
ましてや美人である。
リッターも、彼女が来た当初は、彼女が傍にいるだけで胸を躍らせたりもした。
しかし、今となっては彼女の訪問すら疎ましいだけだった。
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