「もう、帰るのか?」
ハンスが帰り支度をしているアレクセイに尋ねた。
「ああ、明日は仕事だしな。もっとも、行っても俺のデスクは無くなっているかもしれないが」
「局長には俺が話してやるよ」
ハンスの言葉にアレクセイは笑った。
「バカ言え…」
そんな表情はもの憂げだと、ハンスは思った。
「明日の朝、ヘリで送る。今夜、俺の部屋に来ないか?」
「いや…今夜は、帰りたいんだ…」
アレクセイは言った。
「お前、何、悩んでる?」
アレクセイはハンスを見た。
「俺は、どうしようもないバカだ…」
「俺にも言えないって?」
「いつか、そのうちに…な」
ハンスはそれ以上何も聞かなかった。
ただ、話してもらえない存在であるのが、悲しかった。
酔いが醒めた頃、アレクセイとケンの二人を乗せたハンスの自家用機は、彼の操縦で、ニューヨークまで飛んだ。
ニューヨークに到着するまで、アレクセイは目を閉じていた。
ケンは眠っているのだろうと思い、声をかけなかった。
ニューヨークに近付いた頃、アレクセイは目を開けた。
輝く宝石をぶちまけたような夜景が、アレクセイにはひどく懐かしく思われた。
ニューヨークは故郷の持つ暖かさで彼を迎えてくれている。
そうだ、俺の故郷はここにあるのだ。
今は。
アレクセイは、靄が晴れるかのように一つの答えに到達したような気がした。
二人を送るリムジンの中で、ハンスは、その夜はニューヨークに泊まり、翌日、ミュンヘンに帰ることにすると言った。
ハンスが心なしか淋しげなのをケンは見て取った。
その時じっとアレクセイに注がれる視線に、ケンはふと、ハンスはアレクセイをひどく愛しているのではないかと漠然と感じた。
翌朝、ボックスに現れたアレクセイは、案の定局長に呼び出しを受けた。
「来たか…」
アレクセイは呟いた。
「来たな、いよいよ、お前ともおサラバか」
ケンが茶化した。
「何、どうしたの?」
耳ざとく聞き返したミレイユに、前々からアレクセイがレースに参加することについて局長から好ましくないと忠告されていたことをケンは説明してやった。
「そんな!! 優勝して何が悪いのよ!」
おめでとう! と、彼を見つけてハグしたのは、ミレイユだけではない。
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