父親の家族にはこれ以上もなく歓迎してもらっているのに、と申し訳なく思う。
だが、例えケンにとって血縁のある父親の家族とはいえ、言葉の通じない、知り合いも誰もいない見知らぬ土地に一人という状況に変わりはない。
しかも外見上はそうとは見えないという矛盾が存在する。
そもそも、ルーツなんてことを最初に言い出したのはハンスだった。
父親の家系はその昔バイエルンの騎士だったとかいう話は以前、ケンも聞いたことがあった。
それが最近、母方の家系にイタリアの芸術家がいたらしいことがわかり、そのルーツを探したら結構いい絵が見つかったので、年明けにお披露目パーティをするから、休暇を利用してこちらにこないか、とハンスに誘われのが、休暇を前にした一週間ほど前のことだ。
フィフティフィフティでミュンヘンに心が動いた。
ところがその時、どういうわけか「俺もルーツを探しに行くことになっている」などと口にしてしまっていた。
実のところ、数人の知り合いからパーティの誘いはあったものの、さほど心が動くことはなく、かといって出かけたいところもなく、ジョーと二人、のんびり家で過ごすかくらいしか考えていなかったにもかかわらず。
口にしてしまった手前、その不可解な感情はおいておいて、実際に日本に行くことになってしまった。
ルーツを探しに行く、と言った時、ハンスが、日本語がわかるのか、誰か知り合いはいるのか、一人で大丈夫かと心配してくれたことを思い出した。
子供じゃあるまいし、一人で大丈夫だ、とケンは電話越しに言い返したくせに、ちょっと声を聞いただけで、妙に心がざわついている。
ったく、どうしたってんだよ、俺は。
「電話、彼女から?」
居間に戻ると、純がニヤニヤと聞いてくる。
「友達だよ」
「別に隠さなくてもいいのに」
「いや、本当に友達だって」
友達、本当にそうなんだろうか、俺にとってハンスは。
友達、ではあんなことはしないよな。
でも、それ以上にはならない方がいいだろう、やはり。
結局のところ、その結論を出すのを先延ばしにしたいがために、ルーツ探しを選んでしまったのかもしれないな。
ケンは、笑うと目尻に刻まれる皺が妙にチャーミングでセクシーな、陽気で優しいドイツ人に思いを馳せていた。
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