「ニューヨークに帰る前に、もう一度伺います」
岡本家を辞したケンは一旦ホテルに戻った。
一人になって考えてみると、千恵美の話が益々謎に満ちてきた。
何故、ニューヨークに行く前に母の手元にロウエルの手紙があったんだ?
たまたま面識があったというだけだが、奇禍にあった若い夫婦が遺した子供を不憫に思って引き取ったという、ロウエルの話はウソだったのか?
ボブもアンジーも同じようなことしか言わなかったが、だったら二人もウソをついていたことになる。
まさか……そんなウソをついたって、何の意味もないだろう。
昨夜は色々なことを考えて、生前のロウエルやボブ、アンジーと暮らしていた頃のことを思い出していた。
生物学的な両親のことは、動画や写真や日記などで知っているだけだ。
短い期間とはいえ、愛されていた思いは十分に伝わってきて、その頃の両親へと思いを馳せたりもする。
だが、実際自分を育ててくれたのはロウエルだ。
厳格な中に、優しい眼差しを向けられていることをケンはよく知っていた。
過度なスキンシップはなかったし、言葉でも甘やかされることはなかったが、たまに肩車をしてもらったり、寝付かれない時、本を読んでもらったことなどはよく覚えている。
本は幼子に読んで聞かせるには難しいだろう小説だったり、宇宙のことを書いた本だったりしたが、それはケンにとって頭の中に映画のスクリーンや宇宙空間が広がるようなワクワクする体験だった。
ロウエル家では代々シェパードを飼っているが、当時はジェーンという落ち着いた犬が、まるで自分の子供のようにケンをいつも守ってくれていた。
ロウエルが本を読んでいる傍で、ジェーンはおとなしく蹲っているが、大抵朝になるとケンのベッドの上で寄り添うように眠っていた。
今のケンの相棒、ジョーはケンが子供の頃いたジェーンから三代目になる。
マットにジョーの様子を聞くと、毎日元気に走り回っているというので、ちょっとジョーの顔が見たくなった。
「はい、お弁当」
隣の千恵美が頭の中であれやこれや考え込んでいたケンの前にテーブルを倒して弁当を置いた。
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