東京へ行こう -ハンスとケン- 44

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 我に返ったケンは弁当を広げて、「食べるのがもったいないくらいきれいだ」と思わず口にした。
「イチイチ感心してると食う時間なくなっちまうぞ」
 通路を挟んで千恵美の隣に陣取った純はそう言うや、ガツガツと食べ始めた。
 そう言われて食べ始めたものの、黒豆、数の子、田作り、かまぼこ、伊達巻に鰤やエビの焼き物、昆布巻き、椎茸や花蓮根に梅花人参、栗きんとんと、三が日特製の松竹梅弁当はお節料理がきれいに並んでいるので、それの一つ一つに千恵美のたどたどしい英語で説明を求めながら食べているうちに、「あ、見えてきた!」と千恵美が言った。
 ケンが顔を上げて窓の外を見ると、富士山が快晴の空をバックにくっきりと姿を現した。
「やっぱり、日本に来たら富士山は見てもらわなくちゃね」
「OH! きれいだ」
 しばし箸を持ったまま富士山にケンは見とれた。
 日本には以前にも仕事で来たことがあったが、ハードスケジュールでの滞在で富士山を見る余裕もなかった。
 新幹線の料金はケンが支払ったのだが、席を確保したのは千恵美で、その時何故三人が並ぶ側ではなく、二人席の窓側にケンを座らせたか、ケンは察して千恵美に礼を言った。
 そうこうしているうちに、純の言った通り、あっという間に新幹線は名古屋に到着した。
 千恵美の先導で、ケンと純は地下鉄に乗り込んだ。
「タクシーより早いから」
 二つ目で乗り換えてまた二つ目。
 駅から歩いて五分ほど、北区清水に倉本家はあった。
 突き抜けるような晴天で、歩いてきたので寒さは感じられない。
 ニューヨークの方がずっと寒いな。
 ビル街の東京とは打って変わって、目の前に現れた未知の文化を、ケンは物珍しげに眺めた。
「でけぇ…」
 延々と続く塀を辿ってやってきたのは古い武家屋敷を連想させるような大きな門の前である。
 その門を見上げて呟いた純に、「ほら、行くわよ」とせかせて千恵美は門の横にある木戸を開いた。


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