「でも、庶民の居酒屋だよ? いいのかな。もっと料亭みたいなとこじゃなくて」
千恵美の懸念を純が伝えてきたので、ケンは笑った。
「かまわないさ。君らがよく行く店にぜひ行きたい」
ホテルのエントランスで二台のタクシーに三人ずつ、場所がわかっている千恵美とアレクセイにロジァ、もう一台には千恵美と連絡を取れる純とケン、ハンスがそれぞれ乗り込んだ。
アレクセイやハンスがロビーに現れると、総支配人が現れてタクシーがホテルから出てくるのを丁重に見送っていた。
隣に並んでハンスが座ると、ケンは何やら落ち着かなかった。
そういえばハンスと会うのは秋以来だと思うと、余計に体温が上がるような気がした。
「しかしよく似てるな、ケンと純は」
ケンの葛藤など知らぬげに、ハンスは助手席に座った純の後ろ姿を見ながら改めて言った。
「俺も最初驚いた。純は大学生だが非常にしっかりしている。今回思い付きで日本に来てしまったのに、純のお蔭で色々わかったし、短期間で動くことができた」
「ケンは怖いものなしのくせに、ぼんやりのところがあるからな」
笑みを浮かべるハンスの声は、ケンの心の中に優しく語り掛けるようで、ケンも次第に落ち着きを取り戻した。
「だいたい、日本に来るつもりなら日本語くらいマスターしておけよな」
ハンスとケンの会話が耳に入って、純が口を挟んだ。
「わかった。今度来るときには少しでも会話ができるように頑張ってみるよ。でも日本語は難しい。漢字やひらがなや、覚える文字も多いし」
「日本人の友人も何人かいるが、実に複雑な言葉だ。私、という単語一つとっても日本語の場合、たくさんあって、男女の使い分けだけじゃなく、肩書や年齢や場所なんかによって色々使い分けるんだ。それを聞いて俺なんか最初の段階でめげてしまった」
ハンスが肩をすくめてみせる。
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