「何だよ、馬子にも衣裳か?」
その沢村が良太を見つけると早速絡んできた。
「うるさいな、お前こそめかし込んで」
良太は滅多に着ないブランド物のオーダースーツなどを着込んでいるのだが、それこそ有名ブランドの三つ揃えのダブルスーツは、沢村の体格からしてオーダー以外ではあり得ない。
何を隠そう、良太と沢村はリトルリーグの頃からの付き合いで、というよりよく喧嘩をした仲だ。
今でこそどちらかと言うと悪友という間柄だが、場違いとも思われつつも沢村がここにいる理由は、直子曰くプラグインファミリーの面々であればよくわかっている。
佐々木は沢村が付き合っている相手、というより、良太に言わせればまあ、沢村がベタ惚れの人、であるからだ。
昨年の佐々木の仕事ぶりは非常にタイトながら、稀代のクリエイターと言われるにふさわしいもので、尚且つ、若手カメラマンのちょっとした暴走も手伝って、佐々木本人が雑誌に取り上げられるなどしたため、このイベントに佐々木がいるというだけで集まった女性陣がかなりいることは確かだ。
さらに沢村に至っては、昨年は三冠王には届かなかったが打率、打点の二冠の上にチームをリーグ優勝まで引っ張った立役者であり、さらにスポーツブランド、アディノのCMが評判を呼んで、プロ野球ファンならずとも、沢村のファンがどっと増えたのだ。
滅多にCMなど出たがらない沢村がこの仕事を受けるにあたり、佐々木がこのCMを手掛けるのであればなどとクライアントに注文をつけたため、コンペになった後、沢村の呪いなのか願いなのかがかなって、代理店プラグイン、クリエイター佐々木が携わることになったという裏話は知る人ぞ知るだ。
さらに、水屋を手伝おうと申し出ても、お茶をよく知らないようなでかい男がいても邪魔、ということでつまはじきされながらも、お茶席の待合なんぞをウロウロしている沢村が妙に機嫌がいい。
「俺なんか、師匠に稽古までつけてもらったからな」
「ほんとかよ」
良太は沢村を訝し気に見上げた。
「年末に佐々木家の大掃除の後」
「へえ」
「ついでに佐々木さんとの付き合いを申し込んだ」
へえ、と適当に相槌をうとうとした良太は「はあ?」と思わず声を上げた。
「それで? お許しが出たのか?」
茶の湯イベントのお師匠、佐々木の母親はかなり厳しい人だと、直子から聞いたことがある良太は驚きのあまりベンチから立ち上がった。
「とりあえずお試し期間?」
沢村が上機嫌なのはそれが要因らしい。
まさかそこを簡単にクリアするとは良太も思わなかった。
全くこの無頓着極まりない、能天気男め!
仮に日本シリーズでサヨナラホームランを打ってチームが勝ったとしても、ここまで機嫌がいい顔を晒すことはあり得ないだろう。
しかもこの茶の湯に沢村の母親が新しいパートナーと一緒に現れたのには驚いた。
沢村の父親と離婚したとは聞いていたものの、良太が沢村から聞いていた母親像からはかなりイメージが違う、陽気そうな人だった。
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