「むくれるな。こんなにお前を大事にしてやってるじゃないか」
「えっらそうに、やっぱりうまく丸め込まれてる気がする」
色を帯びた妖しい光を見せて、工藤の目が良太を見下ろしている。
「じゃあ、丸め込まれとけ」
唇が重なり、次第に深くなるキスに、工藤とつながりたいと、体の奥のほうから熱を帯びてくるのを、良太には止めることもできない。
「こらえ性のないやつだな」
「…っ! あんたのせいだろ……」
揶揄いながら、言い返す良太をまたいじめてかわいがってやろうと、オヤジ根性そのままに、良太の体に手をのばした。
「夕べどこいってたんだよ!」
朝からオフィスで工藤を待ち構えていた小笠原が、鈴木さんの出したコーヒーに手もつけず文句を並べ立てた。
やっと昼を過ぎてから現れ、大テーブルのソファにどっかと腰を下ろした工藤は、新聞を広げ、コーヒーをすすりながら、そんな御託を聞いちゃいない。
「ああ、そうだな、早く、いいマネージャーが見つかるといいんだが、あいにく、なかなか決まらないんだ。まあ、気長に待てよ」
「俺はそういうことをいってるんじゃなくて!」
小笠原も移籍してきたばかりで、多少、心配もあるのだろうが、基本的に豪胆で、瑣末なことに気を取られて仕事をおろそかにするようなことはない男だ。
それを見て取ってのことだったが、そうでなくても、昨夜は仕事なんかクソ食らえ、という気分だった。
良太も今日はほとんど仕事にならないだろう。
「さて、じゃあ、行くか」
工藤は新聞を置いて立ち上がる。
小笠原を引き受けると言ったからには、これ以上、放っておくわけにもいかないだろう。
「行ってらっしゃい」
自分のデスクから、良太は声をかける。
「ああ、良太、疲れてるだろうから、今日は早々に上がっていいからな」
バタン、とドアが閉まると同時に、良太の顔は真っ赤になる。
夕べは良太と一緒に接待だった、と工藤は小笠原に空々しい嘘をついた。
勿論、二人だけしか知らないはずのことだから、とは思うものの、会社に帰ってきてから一旦自分の部屋に上がった良太は、ナータンのトイレがきれいに掃除され、しかもちゃんとご飯や水がきちんと置いてあることが不思議だった。
ひょっとして、鈴木さんが、と思って聞いてみても、知らないという。
何とも解せないその事実が、ずっと引っかかっていたのだ。
今日はさし当たって急ぎの仕事もない。
小笠原に同行する予定になっていたが、結局工藤がそっちは引き受けてくれた。
工藤の方も変更可能なスケジュールではあったけれど。
そのくらい当然だよ! あの、エロオヤジ!
夕べはメチャクチャやりやがって、人のこと!
雑念に占領されて、仕事が手につかないでいると、携帯が鳴った。
「はい、青山プロダクション広瀬で…え、あ、涼? 悪い、電話もらってたんだっけ」
すると、涼が申し訳なさそうに言った。
「こちらこそ、夕べは勝手に部屋に入らせてもらって、ごめん」
「え…………」
どういうことだろう。
「って、ナータンの世話してくれたのって、じゃあ、涼?」
「いや、ちょっとした罪滅ぼしってか、工藤さんに、良太の部屋の鍵借りたんだ」
「罪滅ぼしって…………」
「俺、知らなくてさ、俺がしゃべり過ぎたことで二人の間がぎくしゃくしたら、って焦って、工藤さんに話したんだよ。そしたら、一晩猫の世話してくれれば、ちゃらにするってさ」
そんなことだったとは。
「夕べはさすがに邪魔しちゃ悪いと思ってさ。で、仲直りできた?」
勝手に手を組みやがって!
「悪い、また、電話する……」
恥ずかしいやら、腹が立つやらで頭が沸騰しそうだ。
まあ、でも、手回しよすぎではあるものの、工藤が、ナータンのことをちゃんと考えてくれた、というのだけは、評価してやってもいいかもしれない、と、良太は心の中で不遜に呟いたのだった。
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