「こっちはすっかり寒くなったな」
ドアを開けると、店には客がぽつりぽつりといるだけだった。
「おい、優作、驚くだろ、急に。どうしたんだよ」
元気は相変わらずきれいだった。
「出張のついで」
優作はカウンターの端に陣取り、手土産にと買った京都の八つ橋を渡し、元気のオリジナルティーを注文する。
心とは裏腹に口はいつになく饒舌になり、会社のことや妙な画家に出会ったこと、うるさい評論家の噂、飽きもせずに聞いてくれる元気にしゃべり続けた。
紀子は友達と旅行だという。
「ワイン、買ってきたんだ。飲まないか? 今夜、予定ある?」
「今夜は…まあ、別にいいが……母親いるけど」
「実はホテル取ったんだ。駅前のWホテル」
「いまさら水臭いぞ、俺んちにきたらいいだろ」
「いや、急だったしな」
優作はホテルで待ってるから、と言って店を出る。
一足飛びにやってきた秋は、すっかり周囲の様相を変えていた。
青々としていた山の木々には鮮やかな黄や紅が混じり、昼の日差しが暖かい、そんな感じの空気だ。
こんな日は山歩きなど絶好の日和だろう。
相変わらずあちこちから集まってくる観光客も心なしか足取りが軽そうである。
「よう」
恐らく散策日和だからやってきたわけではないだろう、見るからに洗練された都会的な男が元気の店に顔を覗かせたのは、優作が帰ってしばらくしてからだった。
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