十一月も終盤になると、街を囲む山々は秋の深まりとともに鮮やかな色が消え、明け方俄かに雪化粧した落葉松の林が冬の到来を告げていた。
太陽が見えないこんな日は客足はまばらだが、入ってくると大抵長く居座っていく。
一度腰を下ろすと外に出るのが億劫になるのだ。
「明日は明日の風が吹く、ですよ」
元気はカウンターの中からにっこり微笑んだ。
「そうやねぇ。ほな、またくるわねぇ」
散々関西弁をまくしたてていた中年女性は、そう言い残して店を出て行った。
「やっと帰ったよー、延々三時間しゃべりっぱなし! あのおばはん」
ちょうど客が切れたところで、ここぞとばかりにに紀子があげつらう。
「こらこら、お客さんなんだぜ」
そういう元気も、カップを下げながら、ちょっと一息つきたいところだ。
「道頓堀で生まれて、今は道頓堀のバーのママで、十人目の彼と別れた、と」
以前観光でこの街を訪れ、この店も元気のことも気に入り、また店を訪ねてくれたらしい。
店にやってくる客は、年齢も住む場所も身分も様々だ。詮索をするつもりはないが、何となく雰囲気から知れるということもある。
亡くなった父親もカウンターの中からいろんな人生を見て来たに違いない。
『明日は明日の風が吹くってね』
父親の口癖だった。自分もつい口にする。
ここでいろんな話をされても、それに対して何ら答えを出すことなどできないし、それくらいしか言葉をかけようもない。
客は勝手に悩みをしゃべって、なぜかすっきりして帰っていくわけだが。
人には言えるんだよな。
この街に戻ったのを悔いたことはない。過去の自分が消えるわけではないけれど。
時折古い記憶が元気の心をせつなくさせるくらいで。
「でも元気の笑顔って強烈だよね! 元気のフィギュアとか作ったら、売れそう。恋愛成就のお守りとか」
「アホなこと言ってんじゃないの」
元々明朗快活元気な次男坊で人生やってきた元気である、そんなジメついた心を表に晒すくらいなら、人間辞めた方がマシ。
「だって、今日は一段ときれいよ~、元気」
「あらそう? お化粧のノリがいいのかしら?」
シナを作って、ちょっと紀子に合わせてやる。
「えー、マジ、きれいだって」
「どうでもいいけど、テーブル、頼むよ」
「はーい」
石井紀子は市内の短大在学中から、お茶やお華のお稽古事の合間に、週に何回か元気の店を手伝ってくれている。
近所の造り酒屋の一人娘だが、家の商売よりもこの店にいるのが好きらしい。
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