ゆくゆくは跡を継ぐというつもりはあるようだが、まだまだ遊びたいというのが本音なのだろう。
ほんとにきれいなんだけどな。
紀子はテーブルを拭く手を少し休めて元気を見つめた。
黒髪というには柔らかな色をして、染めたこともない、さらりとしたストレートの髪は後ろで結わえてある。男で長髪なんて全然好かないのだが、元気は別だ。
子供の頃からそう思っていた。
細くて高い鼻や、切れ長で澄んだ目や、薄くて形のいい唇や。
紀子の持っていないものをみんな持っているのに、男だなんて悔しかったりした。
とっても優しいし、大好きなんだけど、なんか、心配なんだよね、人の相談ごと聞くばっかで、自分はどうなのよ、って。
「コーヒー、入ったよ」
紀子が振り返ると、元気がコーヒーカップを掲げて笑った。
ほの暗い店内はさほど広くはないが、高い天井がゆったりとした空間を演出し、黒塗りの大きなテーブルや椅子、壁に掛かるヨーロッパの風景を描いたサムホールか三号ほどの絵などが醸し出す、しっとりと落ち着いた雰囲気、どうやらそれらも客を長居させる要因の一つらしい。
もちろん、地元市民とて例外ではない。
「元気! これ、これ聴いてみー」
平日の午後四時から五時あたりは、ちょっと暇な時間だ。
それを見計らったように、少々太めの男が店に入ってきて、黒塗りのカウンターに陣取った。
「うわー、東まできたー。今日は厄日かも」
「ちょっと、紀ちゃん、そりゃないぞ。傷つくなー」
歯に衣着せぬ物言いの紀子は、ぺろっと舌を出す。
元気の高校のクラスメイトで、現在母校で美術講師をしている東はこの店の常連だ。
ほとんど毎日元気と顔をつき合わせている。
壁に掛かっている絵はもちろん東画伯作だ。
以前、東がやった個展で元気が購入したものもあるが、それ以外は東が勝手に掛けて行ったものである。
「マイルス・デイビス? また渋いな」
東が持ってきた古いJAZZのレコードを手に取った元気はしげしげと眺めた。
「オヤジのコレクションにあってさ」
東の家はこの辺りの旧家で、蔵にはいろんなお宝が眠っているらしい。
店に置いてあるいくつかのランプ型のストーブは、やはり東がその蔵で見つけ、絶対店に合うからと元気に売りつけたものだ。
普通に買おうとすれば、この手のアンティークはかなり値が張るだろう。
それが嘘のような額で手に入り、店の雰囲気づくりに大いに役立っていた。
「これこれ、この曲が最高なんや」
レコードプレーヤーも東が蔵にあったのを勝手に持ってきたものだが、ノスタルジックな音や時折混じるノイズさえこの店にはしっくりと合っている。
「『煙が目にしみる』?」
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