そんなお前が好きだった102

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 響は笑って、じゃあ、お願いします、と頭を下げた。
「先生、あたし、先生のピアノ、ちょっと聞きたいな」
 唐突にそんなことを榎が言い出した。
「先生、授業でもさわりとかしか弾かないし」
 高校時代は昼休みなどによく弾いていたのだが、教える立場になってから、響はこの学校でフルに曲を弾いたことはなかった。
 学校はあくまでも生徒が学ぶところだと思っているからだ。
「ショパンが聞きたい」
 志田が言った。
「先生が今弾きたいって思ってるヤツ」
 瀬戸川までが期待に満ちた目で響を見た。
「学校は生徒が主役だからな」
「今は放課後だから、いいんです!」
 三人にせっつかれて、響は仕方なくピアノの前に座った。
 エチュードの一番から三番を弾いたあと、スケルツォの三番を弾き始める。
 細かな音が目に見えぬドレープを作り広がってゆく。
 古いピアノは時折響の耳にかすかな歪みを感じさせるが、それもまた音の羅列に表情を与えていく。
 最後の音を弾いてからふうっと息をした響は、はっと我に返った。
 一瞬シーンと静まり返ったその次には、拍手と歓声が聞こえた。
「すっごーい!」
「ホンモノだーー!」
「感動です!」
「ブラボー!」
 女子三名に加えて低い声が混じっている。
「やだ井原先生、目ウルウル!」
「いやマジ、よかった~」
 いつの間に来ていたのか、泣きそうな目で井原が立っていた。
 ほんとに、こいつは。
 だから憎めないってか………。
「井原センセ、部活行ったんじゃなかったのか」


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