そんなお前が好きだった103

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 響は本気で目尻を拭っている井原にあきれた。
「ちゃんと行ってきたさ、うん、しかし贅沢だよな、片田舎の高校の分際で専属ピアニストとか!」
「なに言ってんだか。じゃあ、もう五時過ぎたし、今日はお疲れ様」
 ショパンには思い出したくもない記憶がある。
 あの頃、かなり真剣にショパンにのめり込んでいた。
 それが、コンクールまであと数日という時に、親友と思っていたやつに階段から突き落とされた。
 もし頭でも打って死んでたら、あのやろ、殺人犯だぞ!
 いや、十分傷害罪が成立するだろうが、残念ながらあいつが突き落としたという証拠もないし、騒ぎ立てるのもあほらしかった。
 しばらくショパンを弾くのも嫌だったのだ。
 それが女子三人の何の思惑もないリクエストのお陰で今回はすんなりと弾けたことを響はありがたく思った。
「ガリレオ先生、ほんとに泣いてるし」
「でもわかる! 私もちょっとうるっときたもん」
 からかわれながら女子と井原が屈託なく笑っているのを横目に、響は戸締りをして、準備室に向かう。
「響さん、一緒にか~えろ!」
 女子たちに手をひらひらさせながら井原が言うと、「ガリレオ先生、小学生みたい!」とまた廊下から笑い声が聞こえた。
「歩きでしょ? 俺今日、車だから」
 そう言われて響はちょっと躊躇したものの、結局は頷いていた。
「そだ、元気が、何か相談ごとがあるって言ってたし、ちょっと寄って行きましょうよ」
 駐車場に向かいがてら、井原が言った。
「相談ごと? 元気が?」
 何でも自分で決めてしまいそうな元気が相談とは何だろう。
 響は首を傾げながらも、ジープのナビシートに座る。
「一雨きそうだな」


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