そんなお前が好きだった11

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 美しくて華奢でどこか女優のような華があった品のいい母親は、響にとっては優しくて明るく温かな手をしたこの世で一番大切な存在だったから、その母親にきつくあたる祖母が響は大嫌いだった。
 体裁ばかりを気にして、ことあるごとにうちの嫁は云々と口にする祖母に、思い余った響が言い返したことがあった。
「嫁じゃなくて、美晴です」
 睨み付ける響を、祖母は、嫁に似て可愛げのない子だ、などと言い捨てた。
 以来、響は祖母をほとんど憎悪した。
 持ち前の明るさですぐにご近所にも溶け込み、友人知人も多かった母親だが、銀行の支店長の妻という夫から押し付けられた位置におそらく耐えられなくなったのだろう。
 ジェンダーギャップが百位以下で、先進国などという殻を被った日本の最もくだらない歪みに押しつぶされた被害者だと、響は出て行った母親の心に今は思いをはせている。
 出て行ってからは一度も会ったこともないしどこにいるかも知らない。
 ピアノを続けることを応援してくれた祖父は好きだったが、祖母も父親も大嫌いだった。
 家にいるのも嫌で早く出ていきたいと思っていた。
 冷めた目で周りを見て、一人でいることを好んでいた響だが、高校二年の春、そんな響の人生観を一八〇度変えさせた新入生がいた。
 井原渉。
 思わずくすりと笑ってしまうような井原との出会いを、響は今も忘れたことはない。
 ちょうどこんな春めいた日の放課後のことだったなと、響は晴れた空を見上げた。
 音楽部の生徒たちが来る前に、少しピアノを弾いていた響は、ボールを追いかけるサッカー部員の大きな声に、気をそがれて窓辺に立った。
 昨日の卒業式は雪がちらついて真冬に戻ったかと思われるような一日だったが、今日は昨日の雪がウソのように空は晴れて、春の声はすぐ傍まで来ていることを感じさせた。
 走る生徒たちを見ていると、不意にあの頃に戻ったかのように思うことがある。
 
 

 

 


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