そんなお前が好きだった110

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 井原の耳にそんな二人の会話が聞こえてくる。
 六時を過ぎるとあまり客も来ないのだが、ドアが開いて、観光客らしき二人連れが入ってきた。
「いらっしゃいませ」
 元気が対応すると、紀子はそそくさと取り替えた絵と、飾り付けた絵の箱をまとめて持ち上げようとした。
「こっち持つよ。傷がつくと大変だから」
 外したサムホールの三枚の絵を大事そうに響が掲げた。
 二人がカウンターの奥へ入っていくと、井原は立ち上がってムッとした顔のままコーヒー代を置いた。
「よし、俺も東にヨーロッパの絵、もらって飾るぞ!」
「何をお前張り合ってんだよ」
 オーダーを取って戻ってきた元気が笑う。
「紀ちゃん情報だが、既に告ったやつがいるみたいだぞ?」
 続けてボソリと元気が声を落として言った。
 かっさらわれる…………?!
 井原はまた拳を固めた。
「カウンターは殴るな」
 そこへ紀子と響が奥から出てきて何やら笑い合っている。
「響さん、家まで送ります」
 妙に強張った声の井原をチラリとみた響は、「ここからなら歩いても行ける……」と言いかけたが、「送ります」と 井原に再度言われて、「あ、そ」と響は頷かされた。
「お代はもういただいてます」
 にっこりと笑って元気が言った。
「おい、たまには俺におごらせろよ」
「行きましょう」
 響に答えもせず、井原は響の腕を取ってドアを開けた。
 響は井原のようすが何となく変だとは思っていた。
 井原は黙って駐車場まで歩き、後ろからついてきた響が助手席に座ると、らしくもなく黙りこくったまま、エンジンをかけた。


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