そんなお前が好きだった112

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 響がようやく井原の告白をはっきり理解したのは、随分後になってからだった。
 思考が停止した状態で、鍵を開け、にゃー助を抱き上げてご飯をやったりしてから、着替えて生徒二人を迎えてレッスンを終えると、響は母屋のキッチンに行っていつものように遅い夕食を済ませ、食器を食洗機に入れてから離れに戻って風呂に湯をためた。
 日付が変わる頃にぼんやりと風呂に浸かり、上がってからコーヒーを入れて翌日の授業の準備をした。
 毎日のルーティンワークも一通り終えて、寝室に戻り何気なく壁を見ると、高校時代からずっとかけてあるポスターが目に入った。
 ドラクロワが描いた絵のショパンのポスターだ。
 あの頃はこの絵が何故か好きだったことを思い出し、井原が来た時に、「これ、いいっすね、気合が入ってて」なんて言ったんだ。
 気合って何だよ、とか響が言ったんだったか。
 そうだった、井原がいいと言ってくれたので、そのままずっと壁に掛かっているのだ。
「井原が………」
 理解の範疇を超えたために思わずシャッターを下ろしてしまっていた井原の告白が、唐突に舞い戻った。
「いったい、何を言ってるんだ、あいつは………」
 ずっと好きだったと井原は言った。
 それは言われなくてもわかっていた。
 四年後に会おうと勝手に取り付けた約束。
 SNSや動画のこのご時世に、メールですらなく週に一通は届いた井原からの手紙。
 好きだと言わずとも、十二分に伝わってきた井原の想い。
 約束は響が反故にしてしまったし、全く響が返事も書かなかったから当然だが、手紙もやがて途絶えた。
 お前と同じ思いなのだと好きだったのだと、響が口にしなかったのは、井原のためだと……。
 いずれは井原も誰か愛する人に巡り合って、秀喜のように結婚するのだろうと。
 十年越しの初恋なんかもう忘却の彼方に飛んで行ってしまっているに違いないと。
 あんなにみんなの人気者で明るいやつが、人と違う道を歩いて奇異の目にさらされていいはずはないのだと。
 そう思い、十年物の腐った初恋を抱いて、俺は終わるもよしと、そう…………。
「なのに、なんで、あいつはあんなことを言うんだ! 今更…………」


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