そんなお前が好きだった17

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 人前ではもう弾きたくもないと思っていたピアノだが、授業をやる上でピアノを使って音を出しながらのスタイルが定着し、特に寛斗のクラスではブーイングに脅されて最後に一曲軽く弾かないと終われなかった。
「リストは? 愛の夢とか」
「ショパン!」
「モーツァルトをジャズっぽく」
 できないのかと言われるのが大嫌いな負けず嫌いが災いして結局生徒のリクエストに応えることになる。
「残念ながら日本の今のヒット曲とかは知らないから言っても無駄だ」
 できないのではなく知らないのだとあらかじめ念を押した。
 六年ぶりの日本は響の知っている日本ではなかった。
 十年ぶりの郷里はさらに変わっていた。
 だが変わらないものもある。
 この校舎はほとんど変わっていない。
 桜並木も校門の傍の大銀杏も。
「響さん、大学卒業したら、この大銀杏の下で逢おうよ。きっかり四年後の今」
 響が東京に発つという三月も終わりの朝、わざわざ大銀杏のもとへ響を連れてきた井原が言った。
 響を、ひびき、と呼んだのは井原くらいだろう。
「約束だからな!」
 井原は宣言するように声を上げた。
 おそらくお互いに好きだった。
 言葉にしたこともなかったが、じゃあ、行くわ、と言った響を、井原は唐突に抱きしめた。
 そのほんのわずかの時間が響にはひどく愛おしく思われた。
 うん、とは言わなかった。
 けれどほんとに四年後の今、また逢えたらと思った。
 結局その約束は果たすことができなかったが。

 


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