そんなお前が好きだった83

back  next  top  Novels


「さっきの人って、どういう………」
「クラウス? オーケストラの指揮者で、今度日本公演やることになったらしく、今回下見に来日したらしい。以前、ピアノで一緒にやったことがあって」
「また一緒にやりましょうとか?」
「それはないけど、俺がピアノを辞めるとか思ったみたいで、続けてくれとか」
「え、じゃあ、またどこかに行くとか?」
「そんな予定はないさ。ピアノはどこにいてもやれるし」
 肝心かなめの事情はすっとばして、響は仕事上のことだけを話した。
「へえ、指揮者なんだ」
 井原は呟いた。
 だが、二人のようすからはそういった表面的なこと以外の関係が如実に感じ取られた。
 二人がただの友人同士ではないだろうことも。
 クラウスが井原に強い視線を送っていたことで、おそらく響に別れを告げられた男が、井原を見て新しい恋人かと聞いたのだろうと察しがついた。
 Liebhaber、は何となく聞き取れた。
 それが恋人という意味だろうことくらいは知っている。
 そして、響がNein、違うと言っていたことも。
 井原はしばし口を噤んだが、「じゃあ、時間決まったら知らせます。飲みの予定もよろしく!」といつもの笑顔を響に向けると、車に乗り込んだ。
 本当はどういう関係だったのかと、聞いたところで響の冷えた眼差しは答えてはくれそうになかった。
 エンジンをかけると、井原は響の家から走り去った。
 響が井原の目をまともに見られなかったのは、それ以上クラウスのことを話したくはなかったからだ。
 とりわけ、井原には。
 寛斗には、ぐちゃぐちゃのドロドロなどと口にしたように、お茶らかしてしゃべったところでさほど気にならなかっただろう。

 


back  next  top  Novels

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ