そんなお前が好きだった84

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 でも井原には知られたくはなかった。
 第一、井原と再会したこと自体、想定外だったのだ。
 もっと早く決断すべきだった、君の心が離れてしまう前に、クラウスはそう言ったが、響には今となってはそれすら違っていたのだとわかっていた。
 初めから温度差はあったのだ。
 もともとクラウスに対して想いはなかったのだと。
 妻子がいたのに響を騙して付き合っていたことで、響はクラウスを詰ったが、自分もまたクラウスに対しては井原への想いを無理に転嫁しようとしていただけなのだと。
 クラウスの中に井原の面影を追って付き合っていただけなのだと、むしろ響がクラウスと自分の時間を捻じ曲げてしまったのではないかとさえ思う。
 いずれにせよもう時は経て、クラウスとのことを蒸し返すつもりはない。
 クラウスが妻子のもとに戻り、本当の幸せを取り戻してくれるのを祈るばかりだ。
 響は離れのドアを開け、ペットゲートの向こうでにゃあと鳴くにゃー助の顔を見て微笑んだ。
 今はここにいるにゃー助だけだ。
 ペットゲートを開けて、響は無垢な瞳で見上げるニャー助を抱き上げた。
 

 

 そろそろ七時になるので、最後の客が帰ったところで店を閉めようかと思っていた矢先、舞い戻ってきた男の顔を元気は怪訝そうに見た。
「あれ、帰ったんじゃなかったのかよ」
「ここ酒もやってるんだろ? ちょっと飲ませろよ」
 井原は元気の返事を待たずにカウンターに腰を降ろした。

 


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