いつかそんな夜が明けても10

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 ドアフォンの下にある二つの画面のうち、部屋のドアの前に取り付けられているカメラの画面を見て工藤は驚いた。
「夜分に失礼」
 いかにもエリートビジネスマンといった雰囲気で渋いスーツを着こなしたその男は、銀縁眼鏡を少しばかり指で直しつつ、部屋の中へつかつか入ってくる。
「島本組と芦田組が以前からあった火種をつつき返しています」
「波多野、わざわざあんたが出張ってくるということは、かなり面倒なことになっているのか?」
 工藤は波多野と呼んだ男のあとからリビングに戻ると、あまり当たってほしくはない予感が正しいことを確信した。
 波多野という男とは取引先の広報部長とプロダクションとして顔をあわせたことにはなっているが、実は工藤の祖父にあたる前中山会組長の息のかかった影の存在である。
 この男はいざという時には工藤に群がる害虫を退治するためには手段を選ばない。
「先ほどは不覚でした。暴漢を阻止できなかった。外から調べましたが、盗聴器などはないようですから、ざっくばらんにお話します」
 波多野は抑揚のない口調で、工藤を見据えた。
「どこから出たのか若頭の体調が思わしくないという噂があっという間に広まり、島本組長を次期中山会組長に据えようとする一派と、若頭の息子を押す芦田組系列の間で低次元の抗争を繰り広げようとしています」
 一呼吸置いて波多野は続ける。
「中山会はご承知のように現組長がしっかりとたずなを引いているお陰で、ここ何年か制圧されていました。ところが組長の娘婿候補の父である若頭の入院騒動以来、跡目を巡った争いがあとを絶ちません。若頭は心臓と糖尿の持病とつき合いながら、事態の収拾に努めています」
 黙って話を聞いていた工藤は、フン、と鼻で笑う。
「それがどうして俺を殺ろうって話になるんだ?」
「若頭の息子では心もとないと思う島田組の連中が、想像をたくましくして芦田組の一派があなたを担ぎ上げるに違いないと」
「バカバカしい! 脳みその足りない連中の考えそうなことだ」
 工藤は言い捨てた。
「もちろん、実に下らないことですが、そう思い込んだら突っ走る連中なら、掃いて捨てるほどいますから。血走った後先考えない輩が」
 波多野は淡々と答える。
「そのうちの一匹が勇み足をしたというのか」
「さきほどの雑魚のことはご心配なく。頼りにならない警備員とは違います」
 工藤は波多野の言葉に、表情を険しくした。
「まさか、消した、わけではないだろうな?」
 波多野は唇の端で笑みを作る。
「工藤さん、何事も必然ですよ、私の前では今更ちゃちな正義感をひけらかさないことです。雑魚とはいえ見くびってはいけない。やらなければあなたがやられる、その可能性がないとも限らないのです。ましてやその奥に何があるとも限らない」
 苦々しい思いを工藤は噛み砕く。
「俺はどうなろうとかまうものか。それを認めたら俺は自分の嫌悪するヤクザと変わらないことになる」
「そうでしたね、あなたにはこう申し上げた方がよかったんだ、大切なものを護りたければ口を噤んで表の世界だけに目を向けることです」
「何だと?」
 工藤は表情を変えない波多野を睨みつけた。
「あなた自身ではなくあなたの大切な者に災いが降りかかるとしても、そんなことを言っていられますか?」
 波多野は淡々と言葉を並べた。
「あなたが動くことはかまいませんが、しばらく良太を傍から離しておいてください」
 無言で睨む工藤に、無鉄砲といえばあなたの良太も割りと無鉄砲なことをしでかしてくれますからね、と忠告を残して波多野は静かに去った。
 ―――――――――そうだな。
「あなた自身ではなくあなたの大切な者に災いが降りかかるとしても、そんなことを言っていられますか?」
 工藤は目を閉じて波多野の言葉を反芻する。
 もし、良太に何かあったら、俺は殺人者になるのも厭わないだろう。
 工藤の中ではとっくの昔に、良太は何よりも大切な存在となっていたのだ。
 俺がもしやつらの手で消されることになろうと、良太は護らなければ…………
 不安や憤りが工藤の中で渦を巻き、浅い眠りを繰り返したあと、薬が効いたのかそのままソファで眠り込んでしまった。

 


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