「全く、君のパーティ嫌いも困ったものだな。広瀬くん、じゃあこれからは工藤が渋ったら君がおいで」
何の含みもなくそう言って笑う藤本に良太は苦笑いで、はあ、そうします、と答えておいた。
何やら現実になりそうな予感に良太はふうと一つため息をつきながら、工藤に続いてパーティ会場を出ると、ホテルのエントランスでタクシーに乗り込んだ。
車が会社に着くと、良太を先に降ろし、工藤が料金を支払って車を降りる。
その時、たたっと飛び出してきたのは黒い影だ。
二人が会社へ入ろうとしたところにどこに潜んでいたのか男が突進してきて、いきなり工藤の腕にナイフで切りつけた。
工藤は咄嗟に男を払いのけたが、二の腕をやられて血が滴り落ちる。
「工藤さん!」
良太は叫びながら駆け寄った。
良太の声に警備員が駆けつけ、走り去る男を追っていく。
「あのやろう!」と怒りに唇を震わせながら良太は救急車を呼ぼうとする。
「待て、良太」
工藤はそれを止めて、かすり傷だから知っている病院へ行けという。
「でも……」
「いいから、車を回せ」
警備員は見失ったと戻り、良太は工藤の指示するまま工藤を後部座席に乗せて車を走らせた。
神田明神の近くに加賀医院と読める看板を掲げたその古い個人病院は、不精髭の医師一人でやっていた。
がっしりした背の高い男で、工藤とは長い付き合いだとも言う。
「今夜は小説の先生じゃないのかい? 新しいタレントか? 坊や」
こバカにしたような口調で良太に話しかける。
「俺は社員です。先生、千雪さんを知ってるんですか? それに酒臭いですよ、そんなんで大丈夫なんですか?」
夜遅い時間に押しかけたのだから無理もないかもしれないが、何もこんな医者じゃなくてもと思う良太はどうしても挑戦的な口調になる。
「酒? 気付け薬みたいなもんだ、俺には。社員だって? 珍しいな、あんたに社員がいたってぇか、社員を連れてくるなんざ」
「うるさい。黙ってやれ」
工藤は苦々しげに眉を顰め、医者にきつい口調で言い放つ。
「千雪先生とは剣道仲間よ。ああみえて竹刀持たせりゃ強ぇのなんの。しかもきっついしな」
工藤の言葉を意に介さず、少々荒っぽそうだが、てきぱきと傷を処置し、包帯を巻いていく。
「これしき大した怪我じゃねぇが、ま、今日んところは風呂はやめとけよ」
「ほんとに大した怪我じゃないんですか? 先生」
良太は疑いの目で酒呑みの医師に念を押す。
「おう、抗生物質出しとく。まあ、今度はどこの組のもんにやられたか知らないが、こないだと比べたらほーんのかすり傷だな」
「ぐちゃぐちゃ余計なことをしゃべるな、加賀!」
イライラと工藤は加賀を怒鳴りつけるが、良太にしてみればとんでもない話だ。
「こないだって、組ってなんだよ? 前にもやられたことがあるのかよ?」
思わず良太は咎めるように工藤に問いただす。
「昔の話だ」
むっつりと一言口にするともうそれ以上は話さないという顔だ。
良太もそれ以上問い詰めても工藤が口を割るわけがないとわかっているから、何か言おうとした口を噤む。
帰りの車の中はシラッとした空気が流れていた。
「高輪にやってくれ」
「だって、あんた、どうすんだよ、包帯取り替えたり」
「こんなものは自分でどうにでもなる」
工藤をそれ以上引き止められず、良太は工藤を高輪へ送った。
back next top Novels
にほんブログ村
いつもありがとうございます
