かぜをいたみ1

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    ACT 1
 

 青山プロダクション社長の工藤から電話が入ったのは、小林千雪が午前の講義を終えて腹が減ったことを漠然と思い出した、その時だった。
「は? やからテレビなんかに俺が出るとかほんまに思うたはります? ギャラなんかその辺のタレントさんにバラまきはったらええんちゃいます? ほな」
 思い切り受話器を叩つけるように戻した千雪は、ふう、と大きく息をついた。
 ほんまにしつこいのもほどがある!
 千雪が辛うじて口にせずに心の中で怒りをぶちまけたその根本原因は、かねてからドキュメンタリー番組への出演を依頼されていたことにある。
 例えそれがどんなに高尚な番組であろうと、千雪はテレビなどに出て存在をさらし、これ以上マスコミに追われるのはごめんだった。
 ただでさえ、二年間のアメリカ留学中に、千雪のかつての作品を原作として工藤がプロデュースした映画があたり、興行収入がかなりなものだったことで主演俳優の志村嘉人や多喜川誠が一躍マスコミに取り上げられだけでなく、いきなりの執筆休業とアメリカ留学で小林千雪の作家としての道が危うく絶たれたかに思えた矢先、映画の原作者として再認識され、マスコミに一時やたら取り上げられ、ネットやSNSでもまたぞろああだこうだと騒がれたあげく、わざわざ日本のリポーターがボストンの大学にまで押しかけていた。
 留学を終えて帰国してみれば、今度は古巣のT大の研究室にマスコミがやってきて、新作がどうのと勝手にインタビューをしかけてくる。
 さらに、千雪が新たな話題としてマスコミに提供することになったのは、千雪のアパートだ。
「どないなってんね?!」
 成田から京助とともにアパートに帰ってきた千雪は思わず声を上げた。
 施錠したはずのドアが開いて訝し気に中を覗いてみると部屋はひっちゃかめっちゃか引っ掻き回されていた。
 留学中にアパートに空き巣が入り、部屋中引っ掻き回して行ったとことが小林氏が被害を被った大事件などと、わざわざ捜査一課の渋谷刑事に連絡を取り、担当部署に繋ぎをつけてもらったにもかかわらず、一体どこから情報が漏れたのか知らないが大々的に報道された日にはたまったものではなかった。
 世の中には千雪とセットで相方として知られ、今回一緒に留学していた綾小路京助のマンションに取るものとりあえず避難し、結局は京助の進言通り、京助の部屋の下の階に空いていた部屋に引っ越すことになったのだ。
 上京した際、父親と一緒に探したアパートで、父親の要望通り、風呂とシャワーを取り付けてもらった二階の東南角の部屋には愛着もあり、誰が引っ越すものかとさえ思っていたあの部屋を出るに忍びなかったものの、空き巣に入られ、マスコミにも取り上げられてしまうと、セキュリティ問題だけでなく、マスコミをはじめとする有象無象の輩がやってくるようになって千雪はついに観念したわけだった。

 


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