「いやまあ、考えてみてもええけど、どないなるかわかれへんで?」
檜山にそんな期待に満ちた目を向けられたら、千雪も本当に考えてみようという気にもなる。
実際、次作のプロットが手詰まりのまま放ってあった。
ちょっと能について調べてみるのも面白いかも知れない。
観阿弥や世阿弥の世界も嫌いではない。
『西行桜』という世阿弥作とされる演目が能にある。
西行の前に老いた桜の精が出てくるという幽玄そのものな話だが、よく桜を詠んだとされる西行がすぐに頭に浮かぶあたり、自分も結構桜にとらわれているかも知れないと千雪は思う。
だが頭の中で老いた桜の精はいつの間にか檜山に代わり、面もつけずに舞っている。
檜山は花に怖ろしく呼応して、千雪は見たこともないくせに夜、桜の花が散る中でひらりひらりと舞うシーンが妙にリアルだ。
「千雪さん、どうしたの?」
万里子が千雪の顔を覗き込んでいる。
「あ、あ、考えごと」
また桜やな、そうすると。
「お前、桜ばっかテーマにしても面白くないぞ」
こういうところが工藤の胡散臭いところだ。
千雪の考えなどお見通しみたいな科白を吐く。
「桜嫌いなら読まんでええやん」
工藤はムッとした顔で、「どうせすぐ西行桜かなんか思い付いたんだろ」と言う。
「西行桜は俺も好きです」
檜山は言った。
「ほな、決まりやな。桜と能がテーマや」
「安直なやつだ」
工藤は言い捨てる。
「どうせ三流探偵小説ですよって、ええんです」
言い返した千雪の科白は無視して、「さて、河岸を変えるぞ」と工藤が立ち上がった。
タクシーで工藤が三人を連れて行ったのは、青山プロダクションにほど近い乃木坂にある会員制のカフェバーだった。
四人が奥のソファに陣取ると、「檜山は飲めるのか? ノンアルコールもあるぞ」と工藤が聞いた。
「飲めますよ。向こうではビールばっか飲んでたけど、美味しいウイスキーロックで」
工藤は笑ってスタッフを呼ぶと、スコッチのトワイアップを頼んだ。
「お前らは?」
「あたしはジンライム」
「俺はウォッカソーダ」
千雪と万里子がオーダーすると、工藤はバカルディをロックで頼んだ。
セレブや芸能人御用達というところのようで、業界関係者が工藤の顔を見ると頭を下げて通り過ぎる。
その時、決まってびくっとしたように立ちどまるのに気づいて千雪は笑った。
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