秋の陽5

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「そう、もう十年くらい前になるわねぇ、工藤さんに誘われて千雪さん原作の『花のふる日は』に出たのね。確かあれは、横須賀だったか横浜だったか川崎だったか、とにかく神奈川のどこかだったはずなんだけど」
「へえ、確か、『花のふる日は』って、千雪さんの映画の第一弾でしたよね?」
「そうそう。工藤さんに急に原作者に会わせるって言われて、このオフィスに来たら、千雪さんがいて、あたし、初めはてっきり俳優さんかモデルさんだと思ったんだ。そしたら原作者だって言うでしょ? もうびっくりよ」
 万里子は明るく笑う。
「ですよね~、あれは詐欺だ」
 良太もうんうんと頷く。
「あ、それでね、ロケしていた場所のすぐ近くに高校があってね、もう、放課後だったのね、野球部がすぐ近くで練習してて。今の映画、高校時代の野球少年の彼っていう映像が割と出てくるもんだから、思い出したんだけど、ちょうどフェンスの近くに工藤さんが立ってて、撮影を睨み付けてたの」
「そうそう、あの人、睨んでなくても睨んでる顔してますもんね」
 したり顔で良太は言った。
「その時ボールが飛んできて、工藤さんの近くに転がったのよ。すぐに野球部員の子たちが走ってきて、工藤さんに、すみません、って声をかけるんだけど、工藤さん、撮影のクルーさんをどやしつけてて、聞こえてないのよ。私、ちょうど休憩してたから、ボール取ってあげようと思って近づいたら」
 へえ、と万里子の話を聞いていた良太だが、何だかそのシーンが頭に浮かぶようだった。
「野球少年の一人が、すみません、ボール取ってください、って大きな声で叫んだのよ。やっと工藤さん気が付いて、振り向いて足元のボールを投げてやったんだけどね」
 よほどその時のことがおかしいらしくまた万里子は笑う。
「そしたら、ボールを受け取った野球少年が、帽子を取って、ありがとうございました、って言ったあとに、一緒にいた子に、怖え、なんか、すっげー鬼みてぇな顔で睨んでたぜ、あのオッサン、って。もう私おかしくて笑っちゃって、まだ覚えてる」
 良太は万里子の話を聞いているうちに、妙な感覚に襲われた。
「工藤さんもしっかり聞こえてたみたいで、余計に眉間に皺寄せちゃって。まあねえ、十五や十六の子たちからすれば、アラサーとか、オッサンなんだと思うけど、あの頃の工藤さん、メチャもてだったのにね~」
 アハハと笑う万里子に、良太も笑って見せるが、妙な感覚はさらに強くなる。

 


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