「こっちもだ、奈々」
「はあい」
谷川の言葉に、奈々は素直に従った。
途端に、オフィスは静かになった。
鈴木さんもいつものようにパソコンに向かっている。
良太だけが、何だかアスカの言葉が胸に引っかかって取れないでいた。
違うんだよな、アスカさん。
良太は自分のデスクでパソコンの画面を見つめながら、心の中で呟いた。
違うんだ、俺と工藤さんは。
沢村と佐々木さんみたいな、恋人とかそんなんじゃないし。
強いて言えば、アーサー王と円卓の騎士とか?
いやいや、俺の場合どっちかっていうと、工藤さんの嫌いなヤクザとかの、昔の映画の中に出てきたみたいな、オヤジに一生ついていきますってな舎弟かな?
もしか、ちゆきさんが生きていたら、工藤さんも結婚とかしてたのかな。
いやいや、たらればはナシ。
いいんだ、俺は。
工藤さん、あんたの背中について行くって決めたんだから。
ネットの天気予報は夜半から雨になっていた。
いよいよ梅雨入り間近かな。
NBCの記念ドラマ関連で制作会社とのスケジュール調整が難航し、鈴木さんもとっくに帰ったオフィスで、あちこちに電話をかけていた良太は、ほぼ何とかやりくりできたところで、一つため息をついた。
「やりくりできた、じゃねーよな。広中制作さんにかなりごり押ししちゃったもんな。ったく、何か俺、工藤が取り付いたんじゃないよな」
良太は自己嫌悪に頭をかきむしる。
と、ふいに、オフィスのドアが開いた。
「何かあったのか?」
今夜は接待と聞いていたので予想外の工藤の登場に、クシャっとした頭のまま良太は慌てて「お帰りなさい」と言った。