幻月10

back  next  top  Novels


 工藤は麻布警察署の取調室で、警視庁捜査一課の深尾という警部と向き合っていた。
「現行犯だ。証拠も揃っている。観念して包み隠さず話したらどうだ」
 深尾の白髪交じりの頭髪や顔に刻まれた皴、煙草の吸い過ぎでしゃがれた声はしかし威厳が感じられ、経験に裏打ちされた自信が見え隠れしている。
 鋭い目つきと形容されるにふさわしい深尾の眼差しは何ごとも見通せるぞとでも言うように工藤を見据えていた。
 ドラマではよくこういったシーンを撮影してきたものだが、自分が容疑者として実際取り調べを受けることになろうとは工藤も想像つかなかった。
 いや、まったく想像がつかなかったわけでもない。
 だがそれは、工藤の出自に伴う、暴力団の抗争の一端としてならあり得るかもくらいなものだ。
 まさか一般人を殺害した容疑でこうして実在の刑事と相対することになろうとは。
「被害者は松下美帆子、六本木のクラブ『ベア』のママだ。お前、彼女と付き合っていたんだろう? 確認に来た『ベア』のチーママから話は聞いてる。別れる切れるで揉めて、かっとなって殺したか?」
 こいつは全く何をバカなことを口にしているんだ。
 別れる切れるくらいで、この俺がホテルにあったナイフで女をめった刺しにするとか、本気で言ってるのか。
 しかも女が床で血まみれになって死んでいるのに、その傍でナイフを手にしたまま呑気に座っていただと?
 普通逃げるだろう。
 素人でもわかりそうなものじゃないか。
 それに一時間ほど朦朧としていたらしい。
 おそらくあの店で何か酒に入れられたに違いない。
 殺された女は、あの店でカウンターに座っていたあの女だ。
 必要最低限のことしか口にはしていないが、店で薬を飲まされて部屋に連れていかれた、気がついたらナイフを手に持っていて、女が死んでいた、工藤の知っている事実はそれだけだ。
 こいつらは俺を犯人と決めつけて、裏撮りもそのシナリオに沿って動いている。
 それじゃ、到底真犯人に辿り着けるわけがない。
 

 


back  next  top  Novels

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ