滅多なことでは狼狽えることもない鈴木さんだが、彼女にしては怒り心頭といった目を二人の粗暴なやり方の刑事に向けていた。
「何か、出ましたか?」
年配の刑事と若手の刑事の二人組はやってきた小田の顔を見るとあからさまにムッとしたような顔をで頭だけ下げた。
「ちゃんと元通りにしたんでしょうね?」
小田が去っていく二人に声をかけたが、返答もなかった。
「工藤が無言を貫いているんで、出向いてきたんでしょうが、何も出るわけがない」
それに鑑識らも引き連れた大掛かりなものではないから、おそらく今の刑事が何が何でも工藤をムショ送りにしたい輩なんだろう。
小田は二人が出て行ったドアを睨み付けた。
「小田先生、わざわざありがとうございます」
憤慨している小田に、鈴木さんもまだ怒りが収まらないといった声で言った。
「とりあえずどうぞ、せっかくですからお茶を今お持ちします」
キッチンに向かう鈴木さんを目で追いながら、小田は封と大きく息をついた。
つい焦ってきてしまったのは、証拠の捏造でもされたらという危惧があったからだ。
工藤に対しては全くないとは限らないと思えた。
千雪ではないが、かつて、桜木元議員を政界から追い出した時以来、警察を信用していない。
結局大した罪に問えなかったのは、明らかに警察内部に桜木と通じている者がいたからだ。
それは検事の荒木とも同意見だ。
桜木元議員は表舞台からは消えたがフィクサーとして裏で暗躍し続けている。
工藤をおそらく未だに目の敵にしているに違いない。
全く敵の多いやつだ。
「美味い、鈴木さんの入れるお茶はほんとに美味しいです」
小田はようやく少し落ち着いたらしい鈴木さんを見て笑った。
一件和やかなオフィスだが、実は刑事らを垣間見て、青山プロダクションの様子がただならないことに気づいた者がいた。
「どういうことよ!」
思わず呟いたのは佐々木オフィスからお遣いを頼まれてやってきた、池山直子だった。
車から降りようとした直子は、刑事らしい男が二人、オフィスから降りてきたのに気づいた。
「工藤のやつ、うまいことかくしてやがるに違いない!」
「何しろ、あの中山組長の甥ってくらいだからな」
「でも、あれだけはっきりした証拠があるんだし、確実にムショ送りにしてやりますよ」
刑事たちは誰もいないと思ったのだろう、何となく気になってパワーウインドウを降ろした直子に聞かれているとも思わず、駐車場の前でそんなことを話してから立ち去った。
とりあえず、仕事関連の書類を良太に渡さないわけにはいかないので、直子は今しがた来たばかりのように極めて明るくオフィスのドアを開いた。
「こんにちは! 良太ちゃん、いないみたいですね~」
鈴木さんは直子の顔を見ると、いつもとは違うぎこちない笑みを浮かべた。
「いらっしゃい。そうなのよ、ここのところ忙しくてずっと出ずっぱりで。どうぞ、今お茶を入れますね」
「あ、いえ、いいです。うちもちょっと忙しいし、書類届けに来ただけですから」
にっこり笑ってから、ソファに座っている小田に、「こんにちは。小田先生、また何か面倒ごとですか?」とさり気に声をかけた。
「ああ、ちょっとね。うちも貧乏暇なしだよ」
「あ、じゃあ、あたしはこれで。良太ちゃんによろしくお伝えください」
「ありがとうございます」
直子はまたさり気なくオフィスを出ると、ゆっくりと階段を降りてから車に駆け寄った。
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