幻月30

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 スマートに見えるのは姿勢がいいせいだろう。
 波多野樹、四十歳。
 ハーバード大学を卒業後、ビジネススクールを経てMBAを取得し、アメリカの大手企業に在籍していたが、数年前に日本に戻り、コンサルティング会社に一年いたのちMEC電機に広報部長としてヘッドハンティングされたというのが、以前良太が調べた波多野のプロフィールだ。
 無論それは表向きで、拳法か何か武道の達人で、おそらく工藤の伯父あたりの命を受けて工藤の周囲を監視している。
 初めて波多野に出くわしたのは、千雪との打ち合わせで神楽坂の料亭『雅楽』に工藤と良太が出向いた夜だった。
 打ち合わせと食事を終えてからタクシーで千雪をマンションの前まで送り、工藤と良太を乗せたタクシーが動き出そうとした時、どうやらタクシーをつけていたらしい男たち数名が千雪を拉致しようとした。
 工藤と良太は千雪の声に気づいて車を降り、千雪を助けようとした。
 その時だ、波多野が気配を消して彼らに近づき、たちまち男数名を叩きのめし、気が付くとまたどこかへ消えていた。
 良太は男らに向かって行って逆に突き倒されていたから、彼らを助けた男の顔もうろ覚えだったし、その男が波多野だということは後になって知った。
 千雪が良太にこっそりそう思わせておけと言ったのは、その時、千雪を襲った連中が千雪のことを工藤のイロと口にしていたところを見ると、千雪を工藤の女だと思い込んでいて、工藤の女を拉致するのが目的だったらしいからだ。
 波多野は良太を小会議室といった部屋に案内し、やがて女性が良太にお茶を運んできた。
 波多野は女性ににっこり笑い、ありがとう、と言った。
 女性の返した笑みが嘘くさくないところを見ると、どうやら波多野は会社内ではいかにもエリートビジネスマンという役柄に徹し、社員とも良好な関係を築いているに違いないと思われた。
 女性が出ていくと、波多野は立ってドアにカギをかけた。
 念の入れようはただ事ではない。
「小林千雪さんも早くから動いているようですね」
 挨拶も何もすっ飛ばして、波多野はのっけから本題に入った。
「警察よりも早く調査し始めたのは、工藤さんから何か連絡があったからですか?」
「警察が来る前に、千雪さんが工藤さんから連絡を受けたそうです」
 良太の中で、波多野に対する胡散臭さがまったく消えたわけではないが、工藤にとっては敵ではないと信じる以外ないと腹をくくった。
 工藤から千雪に動画が送られた経緯などを、良太は端的に説明した。

 


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