幻月33

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「わかった。何かおかしなことがあったらすぐに俺のところにくるんだよ」
「ラジャ!」
 パーキングから車で出ていく直子を見送って、のんびりと歩いていた藤堂だが、通りかかったタクシーを拾った。
 ワンメーターほどの距離に嫌そうな顔をした運転手に、「悪いね、急ぐんで、釣りはいらない」と一万円札を渡して早々にオフィスに戻った。
 藤堂は自分のデスクでも、今夜のことを考えあぐね、ノートを立ち上げたものの、ただモニターを眺めているだけで、時間が過ぎていた。
 三浦章太郎がオフィスに戻ってきたのは二時間ほどそうやって時間を無駄にした頃だ。
 プラグイン代表の河崎や藤堂が代理店大手の英報堂にいた頃、それまで河崎の下では三カ月ともたないと言われていたところへ、藤堂がヘッドハントした三浦はそのジンクスを覆し、今やプラグインの有能な人材だ。
「三浦くん、お疲れ様」
 藤堂は三浦のデスクの傍に立って、コーヒーを差し出した。
「あ、どうも」
 三浦はそのまま立ち去らないニコニコ顔の藤堂を見上げた。
「あのう、何か?」
 こういう時の藤堂が何か目論んでいることは、これまでの経験上、明らかだった。
「今夜は確か急ぎの仕事はなかったよね?」
「え、ええ、でも………」
「実はのっぴきならない事情があってね、今夜のモリタ製菓のCMの打ち合わせにちょこっと顔を出してもらえればとね。あ、ちょこっとでいいんだ。もうおおよそのところは終わっているしね、なんか先方がちょっと気に入らないってから修正したんだが、その確認だけだからね」
 有無を言わせず捲し立てた藤堂に、三浦は結局何も反論できなかった。
 真面目な性格の三浦は、実際のところ何も予定はなく、頷く以外になかったのだ。
 宝石屋のホームページと格闘していた西口浩輔は、モニターから顔を上げ、あーあ、と藤堂にしてやられている三浦を気の毒そうに見た。
「この埋め合わせは今度必ず!」
 藤堂はそう言うと、「頑張ってね、宝石屋さんの」と浩輔にも声をかけながらオフィスを出た。
 その頃、まだ小田弁護士がいるところへオフィスに帰ってきた良太は、刑事が二人きて社長室やオフィスのデスクなどを荒らしていったと聞いて、憤慨していた。
 平造が片付けているのだと、鈴木さんが言った。
 小田はそんな良太に、刑事のやることにカッカきているより、今は真犯人を特定することに集中しようと言い、一つのシナリオが出来上がりつつあると語った。
「まず工藤の血液中から、フルニトラゼパムが出た。このことと工藤の衣服に返り血がなかったことが、工藤をすぐにも起訴に持っていけない理由のようだ。どうやら捜査一課でも、自分で飲んだんだろうなどと、すぐにもナイフの血液指紋で工藤を起訴したい連中と慎重派と意見が分かれているらしい」
「それってレイプドラッグってやつでしょうが。んなもん、自分で飲むかよ!」
 良太は思わず声を上げた。


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