幻月46

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 とりあえず、仕事関連の書類を良太に渡さないわけにはいかないので、直子は今しがた来たばかりのように極めて明るくオフィスのドアを開いた。
「こんにちは! 良太ちゃん、いないみたいですね~」
 鈴木さんは直子の顔を見ると、いつもとは違うぎこちない笑みを浮かべた。
「いらっしゃい。そうなのよ、ここのところ忙しくてずっと出ずっぱりで。どうぞ、今お茶を入れますね」
「あ、いえ、いいです。うちもちょっと忙しいし、書類届けに来ただけですから」
 にっこり笑ってから、ソファに座っている小田に、「こんにちは。小田先生、また何か面倒ごとですか?」とさり気に声をかけた。
「ああ、ちょっとね。うちも貧乏暇なしだよ」
「あ、じゃあ、あたしはこれで。良太ちゃんによろしくお伝えください」
「ありがとうございます」
 直子はまたさり気なくオフィスを出ると、ゆっくりと駐車場に降りてから車に駆け寄った。
「あ、藤堂ちゃん、今、オフィス? うん、ちょっと聞きたいことがあって」
 佐々木の愛車であるボルボの運転席に座った直子が携帯で呼び出したのは、プラグインの藤堂だった。
「わかった、じゃ、三十分後に、そのカフェで」
 藤堂は直子の電話に何かを察したらしく、神宮前の隠れ家的なカフェを指定した。
 電話を切った直子は真顔になって、エンジンをかけた。
「あ、藤堂ちゃん」
 確かに路地から入った隠れ家的なカフェは、庭というより樹々に覆われた小さな一軒家で、古い木戸は空けるとギイ…と音がした。
 店内は天然木を使った二人用のテーブル席が奥から三セットあるだけで、あとはカウンターに三人ほど座ればもう一杯になりそうだった。
 カウンターではいかにも昔気質らしき老齢のマスターがいい香りのコーヒーを入れていた。
 藤堂は一番奥の席で直子を待っていた。

 


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