「小田さんも警察に行ってるそうです」
良太は淡々と口にした。
「そうか。だったら、とにかく、何があったのか、はっきりしたところを聞かないことにはな」
小田は工藤の大学の同期で、青山プロダクションの顧問弁護士でもある。
良太は工藤が連行されたということに愕然としていたが、無論殺人などあり得ないと自分の中で強く否定していた。
良太は麻布警察署で秋山と待ち合わせることにして、駐車場に向かった。
だが、ここにきて、なぜ、千雪が連絡してきたのかという疑問がわいた。
小田は無論工藤が呼んで当然なのだが。
たまたまあの捜査一課の渋谷刑事と千雪が会っていて、それでとか?
不安な面持ちのまま、良太は車のエンジンをかけた。
工藤は麻布警察署の取調室で、警視庁捜査一課の深尾という警部と向き合っていた。
「現行犯だ。証拠も揃っている。観念して包み隠さず話したらどうだ」
深尾の白髪交じりの頭髪や顔に刻まれた皴、煙草の吸い過ぎでしゃがれた声はしかし威厳が感じられ、経験に裏打ちされた自信が見え隠れしている。
鋭い目つきと形容されるにふさわしい深尾の眼差しは何ごとも見通せるぞとでも言うように工藤を見据えていた。
ドラマではよくこういったシーンを撮影してきたものだが、自分が容疑者として実際取り調べを受けることになろうとは工藤も想像つかなかった。
いや、まったく想像がつかなかったわけでもない。
だがそれは、工藤の出自に伴う、暴力団の抗争の一端としてならあり得るかもくらいなものだ。
まさか一般人を殺害した容疑でこうして実在の刑事と相対することになろうとは。
「被害者は松下美帆、六本木のクラブ『ベア』のママだ。お前、彼女と付き合っていたんだろう? 確認に来た『ベア』のチーママから話は聞いてる。別れる切れるで揉めて、かっとなって殺したか?」
こいつは全く何をバカなことを口にしているんだ。
別れる切れるくらいで、この俺がホテルにあったナイフで女をめった刺しにするとか、本気で言ってるのか。
しかも女が床で血まみれになって死んでいるのに、その傍でナイフを手にしたまま呑気に座っていただと?
普通逃げるだろう。
素人でもわかりそうなものじゃないか。
それに一時間ほど朦朧としていたらしい。
おそらくあの店で何か酒に入れられたに違いない。
殺された女は、あの店でカウンターに座っていたあの女だ。
必要最低限のことしか口にはしていないが、店で薬を飲まされて部屋に連れていかれた、気がついたらナイフを手に持っていて、女が死んでいた、工藤の知っている事実はそれだけだ。
こいつらは俺を犯人と決めつけて、裏撮りもそのシナリオに沿って動いている。
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