幻月82

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 責任を感じているといえば、当の工藤だろう。
 工藤にとってこの事件自体は全く何の関係もなかったからこそ、余計に社員一同や藤堂流に言えば千雪とその仲間たち、それに小田事務所の面々、さらに勝手に動いたとはいえ藤堂や直子にまで影響が及んだことは、小田からも説明されている。
 だからこそ、ことさら何もなかったかのように今まで通り仕事をするしかなく、撮影関係者はほとんど工藤がその事件で身柄を拘束されていたことなど知る由もなかった。
 それに、小田にも言われている。
「まあ、いわばみんなを動かしたのはお前や良太くんの人望ってやつだ。ありがたく受け取って仕事に精を出すんだな」
 田口紀佳を張っていた遠野からの連絡で、ホテルに入ったことを聞いた千雪が、渋谷に知らせたことで、海外逃亡を企んでいた田口と友成陽介は成田空港近くのホテルにいたところを逮捕された
 こうして松下美帆を殺害した真犯人グループ全員が逮捕され、尚且つ山中に埋められていた遺体が行方不明になっていた『ベア』のホステス伊庭さとみと断定され、出水のDNAも検出されたことから、出水が殺害を自供した。
 結局、この事件は新聞テレビネットを通して一時あっちでもこっちでも大いに報道されたが、工藤の名前はどこにもなく、またしても小林千雪とその仲間たちのお陰で、警察も運よく冤罪の謝罪会見をするところを逃れたわけである。
 事件報道の空騒ぎもやがて人気芸能人の不倫報道にとってかわられ、十月に入る頃には人々の話題から消えた。
「とりあえずお疲れ様」
 藤堂、良太、直子の三人が某五つ星レストランの個室でグラスを合わせたのは、『からくれないに』の制作発表が終わった数日後のことだった。
「今夜は俺からのお礼ですから、心おきなく召し上がってください」
 良太の言葉で、フレンチのコースを堪能しつつも、しばし三人は言葉がなかった。
一通り食事を終えて、コーヒーになった時、直子がようやく口を開いた。
「何だか、ほら、ホビットたちが冒険から戻ってきて、ちょっとしんみりと食事をしてるって、そんな感じ」
 藤堂や直子は小説を読み込むほどのファンなので、うんうんとお互いに頷いた。
「冒険もほどほどにって、とこだけどね」
 良太は映画を見た程度だが、直子の言う意味がわからないではない。

 


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