幻月83

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「それと、藤堂さん、ほんとに巻き込んで心配させてすみませんでした」
 直子は藤堂に頭を下げた。
「もう責任を感じたりしなくていいからね」
 藤堂はそれより気がかりなことがあった。
「ほんとに佐々木さんに話さなくていいの?」
「うん、佐々木ちゃん、聞いたらすごくそれこそ考え込んじゃうし、またあの時の植山のことを思い出しちゃうかもしれないから、仮に時間がたってほとぼりが冷めた頃にたまたま耳に入ったりしたら、その時に話すから」
 直子は佐々木のことを大切に思うからこそそう断言した。
「でもこんな大事になるとは思わなかったんだけど」
「まあ、誰もそんな事件に巻き込まれるとか、思ってないよ」
 良太は言った。
「でも、一番の被害者は工藤さんだよな」
 藤堂が改めて言った。
「何の関係もなかったのに、撮影の時のことでたまたまSNSとかで拡散しちゃって、濡れ衣を着せられたんだから」
「いや、あの時のことは俺にも責任があるし。まあ、世間に晒しちゃったのが、あんな強面のおっさん顔だから、しょうがないよ」
 良太の言葉に、藤堂も直子も笑った。
 良太も笑った。
 それぞれがそれぞれの笑顔に日常が戻ってきたことに胸を撫でおろしていた。
 ただ、良太は工藤がこの事件と全く何の関係もなかったのではないことは口にできなかった。
 事件の話題が徐々に世間から消え去ろうとしていた頃、ひっそりと新聞の隅にフィリピンで日本人の男が大量の大麻所持で警察に逮捕され、本人は否認しているが物証もあるため、おそらく終身刑は免れないだろうというような記事が出ていた。
 男の名は石尾健斗三十八歳。
 石尾不動産社長で、二週間ほど前に行方不明になっていた男だ。

 


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