幻月86

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「鴻池? あの人にそんなことを言ってみろ。警察官僚に圧力をかけるか、でなければ真犯人を探すどころか、ドラマよろしく適当な人間を真犯人に仕立て上げて、警察に二重の冤罪を負わせるくらいが関の山だ」
「はあ」
 まあ、確かにあり得ないことではない。
 工藤も鴻池という人間についてはよくわかっているのだ。
「お帰りなさい、社長」
 オフィスでは鈴木さんと平造が静かに工藤を出迎えた。
「心配かけて申し訳ない」
 工藤は二人に真面目な顔で言った。
 鈴木さんはもう涙目になり、お茶を入れますね、とそそくさとキッチンに向かった。
 それから工藤と良太は、工藤がいなかった間の状況報告と、仕事の確認、それとこれからの仕事のスケジュールのすり合わせに没頭した。
 やがてアスカを伴って秋山がやってくると、秋山がいつも通りの顔で打ち合わせに入り、アスカはお気に入りのパティシェリで買ってきたケーキをみんなに配りながら、ちょっとだけ目がウルウルしているのに良太は気が付いたが、何も言わなかった。
「あ、やっと娑婆に出てきたんだ、おかえりー社長」
 賑やかに登場した小笠原はそれでも工藤が出てきたと聞いて、次の撮影に向かう途中でオフィスに寄ったらしい。
 のんびりケーキにかぶりついている小笠原を、真中が「もう時間ありませんて」とせかしてオフィスを出て行った。
 いつものごとくあちこちから電話が入り、あちこちに電話を入れて、アポイントを取り直したりしているうちに、時間が来て鈴木さんは帰っていった。
「社長、上の部屋に二人の食事を用意しましたんで、食べてください。わしはこれで軽井沢に戻ります」
 入れ替わりに入ってきた平造がそう言ってまたオフィスを出て行こうとした。
「え、これから帰るんですか? もう暗くなるし、今夜は泊って行けばいいじゃないですか」
 慌てて良太が引き留めた。
「いや、ちっさいが畑もありますしな、吉川に任せっぱなしだし、あいつも自分の店がありますからな」
 馴染みのリストランテのオーナーシェフ、吉川と平造は案外長い付き合いで、料理や野菜のことで話が合うようで、平造がぎっくり腰をやった時にも世話を焼いてくれた。

 


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