幻月90

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「佐々木さんとこの直子さんまで巻き込んだって?」
 いきなり言われて、うっと良太は食べていた肉を喉に詰まらせそうになった。
「それ、佐々木さんには言わないでくださいよ。直ちゃん、会社に来てあら捜ししてった刑事が許せなくて、藤堂さんも巻き込んで、『ベア』にアンダーカバー」
「ったく、藤堂のやつ、何やってたんだ」
 工藤は苦々し気に言い放った。
「いや、藤堂さんもまさか、あいつらが直ちゃんを連れ去るとか思わなくて、すごく責任感じてた」
「彼女に何かあったら責任感じるどころじゃないだろう、まったく」
 さらに渋い表情で工藤はグラスを取った。
「そうだけど。藤堂さんが悪いわけじゃないし、直ちゃんがとりあえずは佐々木さんに心痛を与えたくないから今は言わないことにするって」
 良太は赤ワインを飲むと、タリアータをせっせと口に運ぶ。
「わざわざ佐々木さんに報告すべきことでもないが、直子さんには一度カウンセリング受けさせた方がいいだろう。本人が気が付かないところで精神的にダメージを受けていることもある」
 さすがにその言葉は良太にもジワリと重かった。
「うん、わかった」
 二本目のワインを開けて工藤のグラスに注ぎながら、いつになく工藤が話をしてくれるのが、良太は嬉しかった。
 一週間や二週間、工藤が会社に戻ってこないことは今までにもいくらもあったのだが、その間言葉も交わせなかったなんてことはなかった。
 良太にとっては、工藤がいなかった時間はひどく長く感じられた。
 工藤の声を聞いているうちに目頭が熱くなって、そんなつもりもないのに良太の目尻から涙がポロリとこぼれて落ちた。
 工藤ははあと息をついた。
「お前はバカか」

 


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