幻月94

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 いつの間にベッドに連れてこられたのか、良太には記憶がきれいさっぱりなかった。
「これ、夢とか幻影でしたとかって、落ち、とかじゃないよな」
「バカなこと言ってないで、寝ろ」
 ぬくもりはホンモノっぽい。
「あの車に……」
「どの車だ」
「だから、あの、出水たち捕まえに行った時、紫紀さんが貸してくれたっていうレンジローバーん中で、俺、連絡係で一人残ってたんだ。そしたら……波多野さんがいきなり、忍者みたいに後ろの席に現れて」
 工藤は良太の顎をぐいとあげると、その目を覗き込む。
「波多野が?」
「警察に引き渡すまで気を緩めるなとか、石尾の始末がまだ残ってるとか何とかって」
「フン、あの男が何をしようと、お前が気にすることはない。忘れろ」
 にべもなく工藤は言い捨てる。
「CMの打ち合わせで藤堂さんと一緒にMEC電機行った時も、藤堂さんより少し前に来いとかって、俺に下手に動くなって、凄みやがって。だからまた波多野さんと会うことになるけど」
 良太は波多野の底知れない不気味な目を思い出した。
「仕事は仕事だ。仕事ではあの男も裏の正体などおくびにも出さないだろう。ほっとけばいい」
 フンと工藤は鼻で笑い、良太の頭を掻きまわした。
 
 後日新聞で石尾の記事を読んだ時、良太はあらためて波多野が敵でなくてよかったと思ったのだった。
 まあ、多分、敵、ではないと思う。
 人間どこでどう進むかで、どんな人生になるかが決まるのだ。
 どの道を選択するか。
 仮に大学四年の時、もし青山プロダクションに面接に来なかったら、もし、工藤に凄まれて回れ右して帰っていった他の学生と同様に帰っていたら。
 実入りのいいバイトから、ヤバいバイトとかヤバい仕事に手を出したり悲惨なことになってて、もしかして石尾不動産なんかに就職してたりしたら、今頃、アジアのどこか知らない刑務所の奥で、終身刑とかにされたのは俺だったりして。
 いやだよ、俺、そんな怖そうなとこ!

 


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