工藤が空いている席に座ると、良太もとりあえず腰を下ろした。
「はい、どうぞ」
フットワークの軽い森村がすかさず、二人の前にコーヒーを置いた。
「サンキュ」
熱いコーヒーを飲んでようやく人心地ついた良太は周りを見回した。
辻や同じく猫の手の加藤、それに日比谷の芝ビルに入っている和菓子処『やさか』のオーナー黒岩研二と人気俳優宇都宮俊治はすっかり馴染んで、ずっと以前から仲間だったかのように笑っている。
小笠原はモデルでタレントの美亜と微笑み合っているし、アスカと秋山は次のドラマのことでボソボソと話し込んでいる。
森村も仕事で知り合った駆け出し俳優牧の向かいに座ると、コーヒーを飲み始めた。
大体みんなのようすを見届けた良太は、ほぼ問題がなさそうなのにほっとした。
今回、青山プロダクション社員やタレント以外に、知り会いや俳優陣も混じっている。
まあ、東京を出てまだ一時間程なのに何かあったら困るけど。
と、携帯が鳴った。
「あ、はい、お疲れ様です」
相手は美亜のマネージャー水谷だった。
いつもはそれこそ美亜の付き人のようにピタッとくっついている感のある水谷女史だが、今回は小笠原と一緒のスキー旅行ということで、なるべく邪魔はしたくないとの配慮から、同行はしていない。
「ええ、大丈夫です。道路もさほど問題なく。はい、わかりました。また連絡いたします」
美亜は本名を海老原美亜といい、祖父を大物政治家に持つ家柄のまさしく深窓の令嬢といったところか。
天然な雰囲気と犬猫保護活動に取り組む真面目さもあり、あまりガツガツと仕事をするでもなく、業界に身を置くには傍で見ていてもちょっと心配になるほどだ。
ただし、美亜は水谷がトップで活動しているNPO法人の犬猫保護団体『わんにゃんファミリー』のメンバーで、活動資金を調達したいがために、今回、宇都宮と小笠原のダブル主演で撮影が行われているドラマ『コリドー通りでよろしく』にちょい役で出演し、そこで小笠原と意気投合したようだ。
たまたまドラマの撮影に使用したバー『ギャット』のオーナーが、虎ノ門にある昨今急成長した不動産関連の事業を扱うランドエージェントコーポレーションで、その会社のCEOが美亜の兄、海老原礼央だったところから、美亜のドラマ出演の話が回ってきたのだが、この海老原がなかなか曲者で良太の手を焼いたものの、美亜の方は脚本家の坂口が気に入ったようで、当初の予定より多めに出演シーンも増え、台詞ももらったりしている。
今回参加するスキー合宿というのは、青山プロダクションにとっては筆頭スポンサーでもある東洋グループのCEO綾小路家の別荘に友人知人が集って近隣のスキー場でスキーやスノボを楽しみながら、合宿という名目の通り、みんなで食事の用意から掃除などを行うというもので、参加者は若者が中心だが、温泉完備という事情から年配者でも湯治目的に参加することもでき、さらに利用料は別荘までの足代以外無料で開催期間中なら何日でも利用できるという、有難いシロモノだ。
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